KEYTALK インタビュー - 激的アルバイトーーク!│求人情報ならアルバイト・パートのバイトル

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KEYTALK インタビュー - 激的アルバイトーーク!

日本最大級のアルバイト求人情報サイト“バイトル”とSkream!のタッグによるこの企画では、バンドマンたちがどんな学生生活を送り、また今までどんなアルバイトをしていたのかをインタビュー。
今回は、3月15日に4thアルバム『PARADISE』をリリースするKEYTALKの4人に、それぞれのバイト経験や、そこで培ったこと、身になっていること、そして学生時代の話などを訊いた。バンドマンならではのバイト探しのコツ(?)もアドバイス。

KEYTALKのメンバー

Profile

2009年7月に小野武正 a.k.a.ぺーい(ギター&コーラス)、首藤義勝 a.k.a.文学少年改め宇宙人改めジョニー義勝(ボーカル&ベース)、寺中友将 a.k.a.巨匠/アーロン寺中(ボーカル&ギター)、八木優樹 a.k.a. オムスター/涙の貴公子センチメンタル八木 (ドラム&コーラス)で結成。
2017年1月25日10thシングル「ASTRO」リリース、更にTBSニューイヤー駅伝2017 テーマソング、熊本城マラソン2017大会公式 テーマソング「Oh!En!Ka!」が1月1日配信リリース、3月15日待望の4thアルバム「PARADISE」のリリースが決定した。常に話題を振りまき、勢いが止まらないKEYTALKに各方面から更なる注目が集まっている。

PARADISE

3rdアルバム「HOT!」から約1年10ヶ月ぶりとなる4枚目のオリジナルアルバム。前作「HOT!」はリリースツアー、初の日本武道館公演を経て、全国的な知名度を右肩上がりにし、ロックバンドシーンの中心に進出するきっかけとなった。
今や、ロックバンドシーンにおいて欠くことのできない4人はそれでも自然体でオリジナリティへの飽くなき追求を続ける。

今作も引き続きNARASAKIをサウンドプロデューサーに迎え、メンバー全員が作詞作曲。
様々な音楽性を一気に丸呑みにしてKEYTALKというフィルターを通すことで生まれる強烈な個性を放つ17曲でできあがったこの1枚は日本のロックシーンに新たな光を照らすであろう最高傑作となった。

デビューが決まって、“食えるようになったんだね、おめでとう”って送り出してもらえたのは嬉しかったですね(首藤義勝)

――初めてやったアルバイトは何でしたか。

小野:寿司屋でしたね。理由としては、家と学校の間の駅近くで通いやすかったのと、寿司が好きだったからってくらいなんですけど。おつまみを作ったり、仕込みの手伝いをしたり。サバとかよく仕込んでましたね。

八木:最初は、パン工場のライン作業のバイトをしました。当時はライヴをするにもお金がかかるし、そのためだけにバイトしてました。だから、ライヴは月1回くらいだったんです。

首藤:僕は、高校1年生のときのファーストフード店でのバイトが初めてですね。バイトのイメージというか、選択肢がファーストフード店しか思い浮かばなかったんです。家からも近かったので始めました。

――寺中さんはどうですか。

寺中:高校時代は学校がバイト禁止だったので、初めてやったのは大学1年のときで、ラーメン屋でした。そのラーメン屋は他のところよりもちょっと時給が高くて、賄い付きというのもあって決めたのと、あとは単純に生活費ですね。上京してきたので、家賃とか飯代を稼がなきゃっていう。

――えらい。楽器などを揃えるときは、自分で稼いで買うことが多かったですか。

首藤:そうですね。500円玉貯金をしてたんですよ。バイトの給料が主でしたけど、それで10万円貯めてベースを買いました。普通に貯金しても良かったんですけど、2万5,000円分を銀行で500円玉に替えて、貯めてました。

小野:はははは(笑)。

首藤:チャリンって入れる感覚が楽しいじゃないですか。

八木:かわいい。僕は初めて手に入れた楽器は、親に買ってもらったんです。高1のときだったかな。いい親ですね、ありがたい。

KEYTALKのメンバー

――音楽をやることを賛成してくれていたんですね。

八木:そうですね、基本的には“やりたいことをやれば”っていう感じでした。

小野:僕はまず中学3年のときに1万円くらいの入門用ギターを買ってもらって。高校1年のときにギブソンのギターが欲しくて、貯まっていたお年玉5万円くらいと、あと6万円くらい親に出してもらってギターを買いました。それは今でも使ってます。最初はレスポールが欲しかったんですけど、楽器屋に行ったら、その隣にあったSGがなんかかっこよく見えて。

――学生時代の話もおうかがいします。バンドを始めたのは高校生くらいのときですか。

小野:僕と八木は高校が一緒で、軽音楽部でバンドを組んでからずっと一緒ですね。

八木:13年目ですかね、長いですね。そのころはふたりでスタジオに入って、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのコピーをやってました。ギターとドラムで、ヴォーカルもなく。高校1年のときはそんな感じで、高校3年の冬くらいに義勝が入ってくれたんです。それで3ピースでやってて。

小野:それだと高3までベース探してたみたいになってるけど(笑)。

首藤:入れ替わりはあって、僕が9人目です。

――コピーは長くやっていたんですか。

小野:高1の終わりくらいからオリジナルをやってましたね。うちらはそのころから音楽教室にも通っていたので、他の子とは熱量の差があったかもしれない。“俺らはプロになるんだ”みたいなことを言っていた覚えはないんですけどね。単純に楽しくやっていたら、今のようになったという流れだったんです。

――首藤さんはふたりのバンドをどう見ていましたか。

首藤:出会ったときは、若いのに上手いなっていう印象でした。タメですけど。

八木:おっさん!

首藤:ふたりの通っていた学校も軽音楽が盛んだったんですけど、僕も通っていた高校で軽音楽部に入っていて、部員が100人くらいいたんです。初めてふたりの演奏を見たのは、埼玉の川越にある貸しライヴ・スペースみたいなところで。それも予約が被っちゃってて、それなら一緒にやろうかという感じだったんです。そこで知り合ったんですけど、そのときは全然かっこよくなくて。

八木:あぁ(苦笑)。

首藤:一応連絡先は交換していて。1年後くらいに、武正から一斉送信風のライヴのお知らせメールが来たので、観に行ったらかっこよくなっていたんです。

――成長しているぞと。

首藤:若いのに、鍛錬を積んでましたね。そこから話をするようになって、聴いてきた音楽も似ていたので、まだ高校生なのにいいバンド知ってるなって。

小野:誰なんだよ、さっきから(笑)。

首藤:学校の部活内で収まらないで、積極的に外に出てライヴ活動をやってたことが繋がっていったので、良かったと思いますね。外に出ることは大事だなって思います。

KEYTALKのメンバー

バイトにも向き不向きがあると思うし、自分に合っている場所ってあるんですよ(小野武正)

――寺中さんとはどう出会ったんですか。

小野:僕が大学に進学して、熊本から上京して来た巨匠(寺中)と出会ったんです。彼は当時、弾き語りをやってまして。ヒゲを生やしていて、半袖のTシャツに、白いダウンジャケットを纏ってました(笑)。まだ入学式当時は寒かったので、分厚いダウンジャケットを着ているのに、それを脱ぐと半袖なんです。

寺中:部屋は暑いからね。

小野:巨匠以外の3人は、それまで埼玉の中で人間関係が完結していたので、世界は広いな、いろんな人がいるなと衝撃を受けて。それから何度か、3人でやってるときにライヴを観に来てくれて、心理学の授業のとき、“昨日のライヴお疲れ”、“あぁ、来てくれてありがとう”、“あーあ、俺もあんなところで歌ってみたいな”って(笑)。当時、巨匠はMr.Childrenとか尾崎豊さんの曲で弾き語りをしてたから、ジャンルが違うかなとは思ったんですよ。でも歌は上手いし、ヴォーカルを探していたし、入ってくれたらいいなとも思っていた矢先だったので。“じゃあ、入ってよ”ってことで4人になりました。

――そういう経緯なんですね。

寺中:いや。

小野:否定するのかよ。この時間、なんだったんだよ(笑)!

八木:訂正しないとこのまま載るからね。

寺中:インタビューでよく経緯を話すんですけど、本当に記憶にないんですよね。たぶんそういうことは言ってないんですけど、それっぽい流れはあったんだと思います。 小野:じゃあ、合ってんじゃねぇかよ(笑)。

――そのときから、今のツイン・ヴォーカルの形だったんですか。

小野:最初は巨匠がひとりで歌っていたんですけど、全国リリースする作品をレコーディングしていたときに、巨匠の喉にポリープができて。あと1曲録れてないってときに、義勝が急遽歌ったら、“これもいいね”ってなったんです。それで徐々に、今のスタイルに変わっていきました。怪我の功名というか、それから今のいろんなツイン・ヴォーカルの形を確立していった感じですね。

――作品リリースの話もありましたが、そのときはまだ学生ですよね。

小野:大学を卒業するまでに、CD屋に並ぶものを出したいと思っていたんです。大学1年の中ごろにこの4人が集まって、1年の終わりくらいには、全国のレーベル、事務所、音楽出版社とかにデモ音源を送って。それで何社かの人から返事をもらって、ライヴに観に来てくれたりしたんですけど、いろんな方と話すなかで、一番面白そうでウマが合ったのが、今の事務所の古閑さん(※KEYTALKが所属している事務所兼レーベルのオーナー)なんです。だから、大学1年くらいからの付き合いで、4年の頭くらいにTOWER RECORDSで1,000枚限定の1stシングル(2010年リリースの『KTEP』)、7月には1stミニ・アルバム(『TIMES SQUARE』)を出して。在学中から、CDを出してツアーを回ってという流れはありました。

――では、自主で音源を作ったりするということではなかったんですね。

小野:たしかにそうですね。とにかく大人を見つけることから始めたんですよ。自分らでそれを流通させようとはならなかったですし、そこは誰かに介入してもらうものだと思っていたから。パートナーを探す感じでした。

KEYTALKのメンバー

――大学時代やデビュー前は、どんなバイトをしていましたか。

八木:セブンイレブンとガストですかね。大学のときはそのふたつだけです。それも2年までで、あとは親のスネをかじって生きてました。

小野:僕も親のスネをかじりながら、申し訳程度にバイトしてました。でも、大学時代はいろいろやりましたね。コンビニ、ピザ屋、交通量調査。交通量調査は、特に人と接することもなく楽しかったです(笑)。結構やってましたね。

――よく道の端に座って、カウントしてる人ですよね。

小野:そうです。一番つらかったのは、24時間勤務というのがあって。渋谷でライヴしたあと、深夜1時とかに飯田橋に集合して、高速道路に連れていかれるんですよ。それで2時間仕事して、1時間休憩という形で24時間やるんです。

八木:うわぁ、最悪だ。

小野:雨も降って寒くて、翌朝は満身創痍でしたね。しかも、近くのコンビニが歩いて30分なんです。往復したら休憩時間終わっちゃう感じで、過酷でした。ただ座ってぽちぽちするだけのものなので、楽しかったですけど。

――首藤さんは、これは大変だったなというバイトはありますか。

首藤:単発ものは基本的にきつかったですね。工業地帯みたいなところに行って、トラックから30キロくらいある冷凍肉のダンボールを、ひたすらベルトコンベアに乗せ続けるっていう。それで2週間くらい筋肉痛が続きました。仕事の翌日とかはちょっとずつしか歩けなくて(笑)。

――だいぶハードなバイトをしていたんですね。では、楽しかったバイトはありますか。

首藤:楽しかったのは──居酒屋はつらかったんですけど、バイト仲間に同年代が多くて、みんなで愚痴を共有し合ったりもできたので、楽しかったですね。あとは、最後のバイトが漫画喫茶で。メジャー・デビューするって決まったときに辞めたんですけど、たまたま社員ともウマがあって。

小野:最後の最後で。

首藤:それは楽しかったですね。ライヴも観に来てくれたり、今もたまに連絡をくれたりするんですよ。辞めるときも――普通、バイトを辞めるって気まずいじゃないですか。でも、“もう食えるようになったんだね、おめでとう”って送り出してくれたのは嬉しかったですね。そのときは、バイトをやっていて良かったと思いました。

八木:いい人や。

――寺中さんは、ラーメン屋さんは長く働いたんですか。

寺中:そこは1年くらいで辞めちゃって、居酒屋に移ったんです。居酒屋はデビュー前までやりました。あと暇なときに葬儀屋のバイトもしてました。

八木:あぁ、やってたね。

寺中:居酒屋は本当に楽しかったですね。個人経営のところだったので、オーナーがいろんなイベントや飲み会を開いてくれて、歓送迎会もしょっちゅうあったり。それでみんなでご飯に行く機会も多くて、みんな仲良くて楽しかったんです。

――辞めた理由は、デビューが決まったからなんですね。

寺中:特に辞めますと言ったタイミングはなかったんですけど、今でもご飯を食べに行ったりしますし、オーナーに食事に連れていってもらったりするんですよ。あ、よく考えたら俺送別会されてない。

――まだ籍があるかもしれないですね(笑)。

寺中:タイムカードがあるっていう話も聞いてます(笑)。

――みなさんそれぞれ、バイトで得たものや、今、これは身になっているなと思うことはありますか。

寺中:僕は自炊するようになりましたね。料理ができるようになった。

小野:僕は影響されやすいので、バイト先のものがめちゃくちゃ好きになるんですよ。寿司も大好きになって、ピザも大好きになって、イタリアンも大好きになってという。どんどん好きになるんですよね。

八木:社会性とか。もっと身につけたかったですね。そうだなぁ、ガチで怒ってる人のなだめ方とか。

――それ、すごいスキルじゃないですか。

八木:いきなり胸ぐらを掴まれたときの対処法とか。

小野:それ、すごく知りたいんだけど。

八木:速攻で防犯ブザーを押す。

寺中:それ通用するの、コンビニだけな。

小野:道端じゃ絶対ダメじゃん。

八木:使えないですね、すみません。

首藤:僕はデータ入力のバイトをしていたことがあって、そのときはタイピングが速くなりましたね。あとは、今のこの仕事って人に怒られることがあまりないし、上司や部下もいないので、バイトも経験しておいてよかったなというか。必ず何か身にはなっているというか。

KEYTALKのメンバー

――では最後に、今学生のみなさんへのメッセージや、経験者としてのアドバイスもお願いします。

小野:バイトにも向き不向きがあると思うし、ひとつやってそれがダメでも大丈夫なんです。きっと、自分に合っている場所ってあるんですよ。だから、めげずにやってみてほしいです。バンドをやってる子は特に、シフトの融通が利くところがいいですよね。

八木:それ、大事。

小野:髪型を派手にしたりすると、接客とかは難しいかもしれないですけど。バンドマンのバイトはバンドマンに聞くのが一番いいと思いますね。だいたい集まっているところがあったりするので。

首藤:コンビニとかだとわかりやすいんですけど、バイトの探し方としては、店員さんを見て、例えばこんな髪型(八木)の人がいたら、そこは髪型とかの決まりがゆるいとか。バンドやってそうだけど、シフトに入れてるってことは自由なんだなとか。

小野:それはタメになるね。

首藤:すでに働いている人を見るのはコツかもしれない。

寺中:たしかに。あと面接のときには、あまり隠さない方がいい。ちゃんと、こういうシフトで入りたくて、こういう日は入れませんとかも言っておかないと、それだけでトラブルになったりしちゃうので。あまり条件を出しすぎると、採用されないかもしれないけど、ちゃんと自分のことを最初に言った方がいいかもしれないなって思います。

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