ラバーガール★スターアルバイト烈伝(前編)|バイトル

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ラバーガール★スターアルバイト烈伝(前編) サラリとボケる大水さんと、冷静、且つ丁寧にツッコむ飛永さん。独特な間合いで進むシュールなコントは、飛永さんのバイト経験から生まれたものだった!?

ラバーガール

Profile

(写真左から)飛永翼/1983年生まれ。大水洋介/1982年生まれ。

スクールJCA(プロダクション人力舎のタレント養成スクール)10期生の二人で、2001年にコンビ結成。淡々と繰り広げられる独特なスタイルのコントが人気の実力派コンビ。

前編

ラバーガール

高額アルバイトは命懸け
壮絶!ビルの窓拭きバイト

大水:僕のアルバイト経験はひとつで、ビルの窓拭きです。高校を卒業して事務所の養成所(スクールJCA)に入ってからでしたから、18歳のときですね。5年ぐらい続けました。高いところが好きだったので、ずっとやってみたくて。最初から窓拭きのバイトしか探しませんでした。
飛永:割と危険な目に遭ってるよね。
大水:そうですね。ビルの5階からズルズルーッと落ちたりとか。一応、命綱をつけていたのと、たまたま植え込みの上に落ちたのとで、大したケガはしませんでしたけど。まわりの人もみんな1回は落ちて、骨折したりしてましたね。今考えると大変だったなぁと思いますけど、当時はこのバイトしか知らなかったので、こんなものなのかなぁと。
飛永:一時期、手に包帯を巻いてなかったっけ?
大水:落ちたときにロープをつかんで、摩擦でヤケドしちゃいまして。包帯をしたままライブに出たら、まったくウケなかったです。
飛永:そんな人のネタはウケません(笑)。
大水:まぁ、たしかに危険は危険ですけど、がんばるとすぐに給料をあげてくれる会社だったんですよ。最初は日給8000円から始めて、最終的には1万2000円までいって。実働時間は5時間ぐらいで意外と楽でしたし、割りのいいバイトでしたね。

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バイトを通じて感じたことは
"まともに働くって結構大変"!?

飛永:僕は高校生のとき、ガソリンスタンドで働いたのが初バイトですね。あとは、郵便局で年賀状の仕分け、東京に出てきてからCD屋で2年、レンタルビデオ屋で3年ぐらい働きました。レンタルビデオ屋では僕らの単独ライブのDVDも扱っていて、それを自分で貸し出すのはちょっと複雑な気持ちでしたよね。バイトを辞める直前は『エンタの神様』に出ていたので「昨日、『エンタ』観ました」と声をかけられることもあって。嬉しいけど恥ずかしい、みたいな。
大水:接客業が多いよね。
飛永:自分に向いていると思ってたからね。でも、レンタルビデオ屋のとき、「時給を上げるからシフトマネージャーにならないか」と誘われて試験を受けることになって。試験の前に本社の人が僕の働きぶりを見に来たんですけど、「コレがダメ」、「アレもダメ」と、強烈なダメ出しを受けて……僕、泣いちゃいまして(笑)。「バイトでこんなに怒られるなんて、何のために東京に出てきたんだろう」って。それがきっかけで「お笑いがんばろう」とは思いましたけどね。
大水:まぁ、いろいろあってもバイトを経験してよかったですよ。芸人の仕事って、昼に起きて、2~3時間ネタ作りをして、あとは何もない……なんて日があると、ときどき「コレ、仕事か?」と思う瞬間があるんです。バイトをしたことで、朝ちゃんと起きて働くのは大変なんだと、わかりましたから。
飛永:たしかに、仕事ってなんなのか、わからなくなるときがありますね。まともに働くって、結構大変です!

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