U字工事★スターアルバイト烈伝(前編)|バイトル

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要領よく働く福田に対して、バイトに全力投球の益子。むしろバイト中心の生活になり、大学へ通うことがシフトに!? 10年間も同じバイトをふたりで続けた、爆笑&ほのぼのエピソード!

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Profile

(写真左から)福田薫/1978年生まれ。益子卓郎/1978年生まれ

1978年生まれ。栃木県出身。
栃木弁を軸にした、癒し系ほのぼの漫才が人気。2008年M-1グランプリ決勝進出。テレビ、ラジオ、ライブと活躍中。

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前編

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福田がバイト先を選ぶ基準は
「忙しくなさそうな」お店!

福田:僕がはじめてアルバイトをしたのは、中学を卒業して高校に入学するまでの間の春休みです。中学の同級生の親が、山の方で留守番電話に使うテープなんかを造る工場をやっていて、そこでプラスティックのバリを取ったりテープのところにコンプッレッサーでエアを吹きかけたりとかする作業を二週間くらいやりました。……そのときの仕出し弁当の冷たいカレーの味は今でも忘れられません(笑)。高校に入学してからは、スーパーの仕出しやファミレス、ホームセンターのフードコーナーでタコ焼きをつくったり。閉店間際にわざと多めにつくって余ったら持って帰るみたいな(笑)。そのあとまた別のスーパーで働いて、高校卒業後に上京といった感じです。
 アルバイト代は、大学へ行ったらお金がかかることはわかっていたので、身のまわりのものを揃えたりとか……。親に迷惑をかけるのが凄く嫌で、電気製品とか必要なものは自分で買いましたね。
 上京して最初はコンビニで働いていたのですが、そこが潰れちゃったんです。アルバイトを探すときは、「ここは忙しくなさそうだな……」というところを基準に選んでいたのですが、そのせいかな(笑)。それでまた新しいバイトを探すということが続きました。
 益子と派遣会社に勤めたり焼肉屋でバイトしたりしたのですが、焼肉屋の機械で注文をとるシステムがよくわからなくて、「なんか嫌だな~」と思っているところに、益子に誘われて一緒に町工場で働くことになったんです。
 派遣時代にふたりで初めてお給料をもらったときは、ハンバーグを食えるお店に行って、ライスがおかわりし放題だったので、5、6杯、最後はゴハンに塩かけたりして食べたのを覚えてます(笑)。

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町工場のアルバイトで
瞬く間に信用を築いた益子

益子:僕は、高校のときはアルバイトをやってないです。部活が忙しくて、お金が必要だとはまったく考えたことがなかったんです。月に5000円の小遣いとお年玉で間に合ってました(笑)。
というか、福田はラグビー部のキャプテンだったんですけどね。ラグビー部のキャプテンなのに、なんでこんなにバイトができるの? って、福田は3年間で練習は一ヶ月くらいしかやってなかったです、きっと(笑)。
 東京へ出てきてコンビニで半年くらいバイトをしました。僕は深夜に働いてたんですけど昼間に寝るようになっちゃって、単位が危なくなってきたんですよ。で、これはヤバイと思って昼間の仕事に切り変えて、福田と一緒に人材派遣の会社で引越しの手伝いや現場のゴミ拾いとかを1ヶ月くらいやったんです。あんまり仕事がなくて不安だったとき、新聞チラシに“初心者でもできます”みたいなことが書かれた町工場の広告を見つけて、家から徒歩圏だったこともあって、「こりゃ行くべ!」みたいな感じでその日のうちに電話したら、『いつなら面接来られる?』って聞かれて「いつでも行けます!」と答えたら、じゃあ今から……ってなって、社長の奥さんと面接して、30分後には働いてました(笑)。
 業務内容は、マグネシウム製品のバリ取り……金型からあがってきた商品のヤスリがけとかですね。最初はボタン操作を繰り返すオペレーター的な仕事だったんですが、徐々に技術が必要な内容に変わっていきました。
 勤めはじめて1ヶ月くらい経ったとき、福田が「焼肉屋はもう嫌だ!」と言ってたので誘いました。
福田:誘われるがまま工場へ行ってみたら、「益子くんの友達なら大丈夫」って言われて、(コイツ1ヶ月でどれだけ信用を築いてんだよ!)って思いましたね。それでほとんど面接もスルーな感じで、僕はその日、昼頃に行って、「(夜の)12時頃までできる?」って聞かれたんですけど、「チョット無理です」って断って早めに帰ったのを覚えています(笑)。

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芸人にとっては、いいアルバイトを探すのも大事

益子:福田は昼に6時間くらい適当にやってるのに対して、僕は朝から深夜までやってましたね。朝8時半から、基本は5時半までなんですけど、9割5分残業があるんですよ(笑)。それで大体残業が7時までで、忙しい時は11時とかまでやってましたね。
福田:僕は最初は大学が終わって夕方ぷらっと3、4時間、長くて5時間くらいやって帰るという感じで、全然戦力になってなかったんですけど(笑)、1年のうちにメチャクチャ忙しい時期が1~2ヶ月あるんですね。このままだと終わらないなとか、社長ひとりじゃ大変だろうなとかがわかると、さすがにその頃には僕も「やります!」って言うようになりましたね(笑)。
益子:僕は朝一回学校へ行って、「また4時から行きます」とか、先にバイトへ行って「チョット大学行ってきます」って出て行ってまた戻ってきたり、大学がシフトみたいになってましたね(笑)。

 とにかく社長がメチャクチャいい人で、面倒見がよくて、メシとかも食わせてくれたりとか、なんだか東京のお父さんみたいな感じで本当に色々と世話してくれたんですよ。あの社長でなかったら続いてなかったと思います。 だけど、工場に務めるようになって2、3年は、お笑いをやっているって社長に言ってなかったんですね。そうすると、オーディションとかあるとふたり一気に仕事を休むわけなんですが、「なんでいつもアイツらふたりで休んでるんだろう?」、……気になるけど、向こうも聞きにくいみたいな不思議な、怪しい空気が流れてましたね(笑)。 福田:お笑いをやっていることがわかってからは、オーディションとかも「頑張ってこいよ!」みたいな感じで応援してくれて……。「芸人にとっては、いいアルバイトを探すのも大事だぞ!」って先輩に言われたことがあるんですが、本当にそうだなと思いましたね。
益子:社長のお母さんもメチャメチャいい人で、土曜日とかに出勤すると、「肉食べな」とか言ってたまに1万円くれたりするんですね。そういうのもモチベーションになりました。当時の1万円は相当価値がありましたからね。「よっしゃあ!」みたいな(笑)
福田:毎週金曜は、作業が終わったあとスーパーで酒を買ってきてみんなで休憩所みたいなところでバリバリ飲むんですよ。ベロンベロンに酔っ払って、次の日朝から仕事してなきゃいけないのに、3時頃に職場に着いて社長のお母さんから1万円とかもらうと、(婆ちゃんごめん!)て内心思ってました(笑)。

スターたちからのカラーバイトルユーザーへの熱烈&応援メッセージはこちら!きっと、きっと、あなたの元気になる!ヒントになる!ぜひ、ご覧ください。
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