dustbox インタビュー - 激的アルバイトーーク!│求人情報ならアルバイト・パートのバイトル

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dustboxインタビュー - 激的アルバイトーーク!

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日本最大級のアルバイト求人情報サイト“バイトル”と激ロックによる“激的アルバイトーーク!”の今回のゲストは、dustbox。現在“TRAINING DAYS 2018”と銘打った全国ツアーを行っている3人は、来年は結成20周年を迎える。メロディック・シーンに欠かせないバンドとなりながらも、キャリアにあぐらをかかず、草の根のライヴを行い、常に人を楽しませ、ポジティヴな歌と音とスピリットで、今なおファンの裾野を広げるバンドの鑑たる存在だ。そんな彼らがどんなアルバイトをしてきたのか、じっくりと話を訊いた。また今回は、dustboxにインタビューをするドリームバイト企画で選ばれた大学生 榛原舞さんが、激ロック編集部員として取材に参加。3人に直接インタビューをしてもらった。

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Profile

メンバー:JOJI(Ba/Vo) SUGA(Vo/Gt) YU-KI(Dr)

頭で考えるよりも、興味を持ったことはなんでも挑戦してみたらいい。やっちゃえって感じでやってみれば、なんとかなる(SUGA)

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-みなさんはこれまで、どんなアルバイトをしてきましたか?

SUGA結構いろいろとやりましたね。冷凍食品の倉庫でのバイトから始まって──

YU-KIそれは、僕もやりましたね。

SUGAそのあとはラーメン屋さん、テレフォンアポインター、あとはビデオレンタル屋と酒屋の配達のバイトをやって。ここからはJOJIと一緒になるんですけど、JOJIが働いていた外国人しか来ないような、ホテル?

JOJI国の機関ですね。財団法人だったんですけど、ホテルみたいな感じで。

SUGAそこのフロントで働くことになりました。それが最後のバイトですね。

-YU-KIさんはどうですか。

YU-KI僕も倉庫で働いたのと。あとは変わったバイトでいうと、家屋調査ですね。マンションを建てたりするときに、例えば解体の影響とかで家にヒビが入ったりとかもあるので、近隣の家を回って調べるんです。それは、友達に紹介してもらったバイトなんですけど、いろんな現場に行くので、多分このあたり(※取材場所である青山)も回ったことがありますね(笑)。他にも、これは派遣のバイトだったんですけど、家の水が濁っているからと連絡を受けて、近くのマンホールの蓋を開けて水がきれいになるまでずっと見ているという。

JOJIえ?

SUGA何それ。

YU-KIそういうのもやってました。この仕事は楽でしたね。

-変わったバイトですね(笑)。これまでいろんなバンドマンに話を訊いてきましたが、結構コンビニとかファストフードが多かったんですけど。

SUGAあ、コンビニもやったことがありますね。忘れてた。

YU-KI僕は、人と触れ合うのがあまり得意じゃないので、そういう接客系はやってないですね(笑)。スタジオの受付のバイトはしていたことがありますけど。

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JOJIいわゆるコミュ障ですね。

-JOJIさんはどんなバイトをしてきましたか?

JOJI俺は高校生のときに、2回だけ引っ越し屋をやりましたね。あとは、地元のコンビニで深夜のバイトして。そこにSUGAが入ってきたんです。

SUGAそこも被ってるんです(笑)。

JOJIそのあとは、普通に社会人になって。調理師専門学校に行きながらバイトをして、そのまま社員としてさっきのホテルでコックさんになりました。そのホテルは、海外事業の専門ホテルで、中国とかフィリピンとかベトナムとか、アジア系のプログラマーとかが日本に学びに来るための施設だったんです。だから、従業員は英語が喋れなきゃいけないんですよ。SUGAが英語を学びたいと言っていたので、仲の良かったフロントの人に、“ひとり入れてください”って言って、SUGAが入ってきた感じでしたね。

-SUGAさんはその仕事で英語を学んでいったんですか?

SUGAそうですね。常に英語が使える職場だったので、例えばその日わからなくても、“さっきなんて言ったんだろう?”って聞き取った単語を辞書で調べたりしながらですね。

JOJI厨房で仕事してると、SUGAのアナウンスが聞こえてくるんですよ。“アテンション、プリーズ──”とか。イラっとするんですよね。

YU-KIイラっとするんだ(笑)。

-どのくらいの期間働いていたんですか?

JOJI俺は19歳で入って、10年以上やっていましたね。今の俺らのマネージャーも、どうしようもない男だったので、“社宅用意してやるから準社員で入ってこい”って入れたんです。俺が王国作ったみたいになって(笑)。

-人材の斡旋まで!

JOJIそうです(笑)。で、のちにそこはクビになるんですけど──

SUGAはははは(笑)!

JOJIこれもまた面白くて。バンドで全国ツアーとかに出たりとか、忙しく活動ができるようになって。仕事に行けなくなるんですよね。そのホテルには委託で入っていたんですけど、もう古株だったから、先方ともずっと仲良くやってきていて。ツアー・ファイナルのSHIBUYA-AXには、パートさんとか主任さんとかも招待して、2階席の一番いいところを用意したんです。でも、翌朝仕事に行ったら、“佐藤(JOJI)さん、もういいんじゃないですか?”って言われて。その日に辞めました(笑)。

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-“もうバンドで充分やっていけるんじゃないの?”っていうことですかね。

JOJIちょうどそのころ、ホテルの偉い人が変わって。俺はもともと古株だったので、パートさんとかからも人気があっから、妬んでいたんでしょうね(笑)。でも、その仕事がなくなって、SUGAとも話して。“音楽一本でちゃんとやろう、バンドで食っていこう”と決めて、そこからはずっとバンドでやってきましたね。

-ひとつのきっかけになったんですね。バンドをやっているとどうしてもシフトを組む難しさがあると思うんですが、そのへんはどう調整していたんですか?

SUGAやっぱり融通が利くところというか。例えば、“ここからツアーで1週間いないんですよ”っていうのが通じるところじゃないとできないですよね。JOJIは長く続けてたからね、大丈夫だったと思うけど。

JOJI俺は自分でシフト組んでいたので。

SUGA俺がそのフロントの仕事をするときも、今バンドがこういう状態で、ツアーが入ることもありますが大丈夫ですか? って聞いたら、最初から向こうもわかっていてくれたので、やっていけましたね。でも最終的には、本当にバンドが忙しくなっちゃって。CDを出して、ツアー40本を3ヶ月くらいで回るとかになると、さすがに悪いなと思って、自分から“ご迷惑かけるので辞めます”って言いました。

-周りに惜しまれながらっていう感じですか?

JOJI俺はすごい惜しまれてましたけどね。

SUGAはい、僕もみんな泣いてました(笑)。

JOJI誰がだよ!

-他のバイトのときはシフトについてはどうだったんでしょう?

SUGA結構、辞める“タイミング”というのがありましたね。酒屋のバイトのときも、僕らは一度メジャー・デビューをしているんですけど、そのデビューのタイミングで辞めているんです。酒屋でバイトしていたときは、ビデオレンタル屋と掛け持ちしていたんですけど、今考えるとよくやってたなと思いますね。酒屋で朝9時ごろ出勤して夜7時くらいまで働いて、夜の9時から深夜2時までビデオ屋で働いてという感じで。

JOJIそのビデオレンタル屋は遊びに行ってたな。

SUGA俺とJOJIはどんな仕事をしていても、バイト先には遊びに行っていましたね。JOJIのホテルにも、まだ自分が入る前に食堂に遊びに行ってたし。あそこは、いろんなバンドマンが来てたよね?

-そこでJOJIさんが食事を振舞っていたんですね。

JOJIやってましたね。結構、位も高い方だったので、好きなもの食べろと(笑)。

SUGAそこで俺、グリーンカレーが好きになったんですよ。JOJIの作ったやつがおいしくて。

JOJI本場の人たちが食べるから、にわかなものは作れないんですよね。まずければ、“食べられない”って言われてしまうので。だから、月に1、2回向こうの人たちを厨房に呼んで、“あなたたちの好きなカレーを教えてくれ”って、ちゃんと教えてもらって作るということもしてましたね。あとは、宗教上豚が食べられない国も多かったので、油も別々にしたり、お皿も別にしたりしないといけないので、そういうところではすごく大変でした。入ったばかりのころは、アジアのどこかで戦争も起きていたから、それで国に帰る、帰れないというのも間近で聞いていたりとか。タイのゲイの人も結構いたよね。

SUGA俺、告白されたことありますよ、男の人に。

JOJI俺もありますね。向こうの人は隠してないので、ちゃんとメイクして、やたら俺を探しにくるんですよ。

SUGAそうそう(笑)。

JOJIフロアで仕事をしているパートさんに、“JOJIを呼べ”って言って。いつもチョコレートを1枚くれるんですよ(笑)。面白かったですね。

-理解もあって、すごくいい仕事場ですね。YU-KIさんは、バイトとバンド活動をどう両立していたんですか?

YU-KI僕が工場でバイトしていたときは、音楽好きな人が多くて。例えば、“この日はライヴがある”って言うと、“そっち優先でいいよ”っていう感じだったんです。ライヴじゃない日も休んでましたけど。

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JOJI嫌われてたんだよ。

YU-KIいや、好かれてました。辞めるとき、みんな泣いてました(笑)。

SUGAはははは(笑)!

YU-KIライヴも観に来てくれましたね。もう辞めて結構経ちますけど、今もたまに会社のバーベキューとかに呼ばれます。

JOJI行ってるの、それ?

YU-KIだいたい、ライヴで行けないんですけどね……。

-バイトでの経験で、印象に残っていることはありますか?

SUGA酒屋のバイトだと、配達だから車を運転するじゃないですか。面接のときは、まだ免許取ったばっかりだったんですけど、“運転できますか?”、“はい、できます”、“マニュアル運転したことありますか?”、“あります!”って言って──実際なかったんですけどね(笑)。JOJIのところのホテルの面接に行ったときも、“君、英語喋れる?”、“はい、全然喋れます”って言って、実は喋れないとか。勉強はしてましたけど、喋るのは苦手だったんですよね。最初の何ヶ月かは、言われたことに適当に、“イエス、オッケー、オッケー”って言っていて、クレームが来たことがありました(笑)。“あいつは何を言ってるんだ”とか“オッケーだって言ってたけど、全然ダメじゃないか”って電話がかかってきて。でもその電話も英語でよくわかんないので、“イエス!”っていう(笑)。

-それでもやっていけるっていうのが、前向きな感じですね(笑)。

SUGA全部ポジティヴに考えてましたね。今日できなかったら、明日は同じ間違いはしないっていう。

JOJIでも一応、国の機関だったからね、そこ。

SUGAとりあえず笑顔で対応すれば大丈夫です。

JOJI大丈夫じゃなかったから、怒られてたんでしょ。

YU-KI僕は、さっきのマンホールのときは派遣だったんですけど、前日に“明日はこういう担当者が来ます”って連絡が来るんです。そのとき担当の方の名前が“鬼瓦さん”で。友達と行っていたんですけど、“鬼瓦さん。絶対、怖いよね”って話をしていて。どんな人が来るのかなって思ってたら、すごくいいおじちゃんでした。よかった、っていう……それだけです。

SUGAこの笑いの感じ、いつも俺らと喋ってる感じだよね(笑)。この感じをライヴで伝えたいんだけどなぁ。この面白さを伝えるのが、なかなか難しいんですよ。

JOJIワンテンポ置いて笑いが来るからね。

-(笑)そのマンホールの水をチェックするってどのくらいの時間やるんですか?

YU-KI時間が決まっていて、昼の2時から3時までしかできないんですよ。でも、朝の10時集合なんですよね。そこから現地に行って、休憩なんです、ずーっと(笑)。担当のおじさんと“バンドやってるんだ”っていう話をしたりしながら。時間になったら、僕がやる仕事は、カラーコーンを出してマンホールの周りに設置するっていうだけなんですけど。でもおじさんに、“今日の子は優秀だな”って言われて。だから、“次もぜひ指名してください”って言ったんですけど、連絡なかったです(笑)。

-バイト経験で、今も身についていることはありますか?

JOJIコックさんの世界って、縦社会が半端じゃないんですよ。夢を壊すようですけど、俺の場合は、入ったときからほぼいじめに近いような感じで、まず口を聞いてもらえないとか、どこに何があるか教えてもらえないとか、それが3年くらい続いて。それに耐えられれば教えてやるみたいな。だから、みんなからもすぐに辞めるだろうと思われてたみたいなんですけど、それでもしぶとくいて。そこから仕事が面白くなってきましたね。そういう縦社会をそこで教わったから、上の人も大事にするし、下の奴も大事にするっていうのはありますね。

-バンド活動で人と人を繋ぐような役割にも、いい影響がありそうですね。

JOJI社交性は身につきましたね。人脈が増えたのもありますし。

SUGA俺が結構内向的というか、すぐにひとりになりたくなっちゃうタイプなので、助かりますね。

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JOJI俺はあちこち行くのが好きなんですよね。友達とご飯に行ったり、酒飲みに行ったり。うちら、地元でも友達がたくさんいて、よく飲みに行ったりバーベキューしたりするんですけど、ただ飲んでふざけているんじゃなくて、何か議題を掲げるというか、これを達成するために何をするかとか、そういう議題を決めて飲んでいるんですよ。例えば、何かがほしいとき、それを得るためには何をすればいいかとかの話をみんなでしていて。

SUGAそうだね。

JOJI飲んでいるうちに、いろんな奴から意見が出てきて。そういうのを見てるのも、発言するのも好きだし。それがバンドにも生かされたりするんですよね。バンドとはまったく関係のない人とも飲むじゃないですか。僕らの思いを伝えると、意外と同じだったりするんですよ。するとその人たちが興味持ってくれて、一緒に仕事をし始めることもあったり、チャンスが生まれるんですよね。だから、財産を作っていくみたいな感じですよ。

SUGAJOJIがそういう機会を作ってくれたり、話を持ってきてくれたりするので、いいですよね。俺なんか閉じこもって曲ばかり作ってるから。たまに呼んでくれると、“行く行く”って言って。

JOJIまぁ、すぐ寝るんですけどね。

SUGAいろんな繋がりがあって面白いですね。

-SUGAさん、YU-KIさんはバイト経験で、今に役立っていること、身についたことはありますか?

SUGAホテルのフロントの仕事はいろいろ学べましたね。そのバイト自体が夕方の5時から始まって、次の日の朝9時までなんですけど、夜の12時から7時までは仮眠時間なんです。この7時間は寝てもいいし、何をしていてもいいんですけど、電話は取らなきゃいけなくて。その時間に、俺は寝ないで曲作りと英語の勉強をしていたんです。4thアルバム『Seeds of Rainbows』(2007年リリース)は、ほとんどそこで作った曲ですね。

-そうだったんですね。

SUGAあとは、そこでは友達もバンドマンが多かったので、バイオリンを弾く友達がそこでできて、曲にバイオリンを入れてもらったりとかもしましたね。

YU-KI身についたことは、時間を守ることですかね。スタジオで働いていたとき、自分が店を開けないといけないので、僕が行かないと店が開かないんです。そういう部分では、集合時間とか、ホテルのチェックアウトの時間とかに遅れないようにとかは、できるようになりましたね。あとはスタジオだと、いろんな人とも知り合って。dustboxもスタジオで出会いましたもんね。

SUGAそうだね。

YU-KIそのときは働いてなかったんですけど、dustboxも同じスタジオを使っていたので。

SUGAそこにいたから、俺らもドラマーとしてYU-KIを誘ったのもありましたからね。そういえば、あいつドラム叩けるなって。

-では最後に、今夢を持ってバイトをしながら頑張っている人もたくさんこれを読んでくれていると思うので、dustboxから何かメッセージをお願いします。

SUGAなんでも挑戦してみたらいいと思うんです。俺の言うことが正しいかどうかわからないですけど、興味があってなんとなくやってみようと思ったら足を突っ込んじゃうみたいな。やっちゃえって感じでやってみれば、なんとかなるというかね。実際にやってみれば、そこから勉強もするし、自分に何が足らないかが明確にわかるので。頭だけで考えて、私はこれができないし、これができないから、まだやるべきじゃないなってやってると、一生できないと思うんです。ちょっと頑張ればいけそうっていうことは、挑戦してみた方がいいなと思いますね。

20周年は大きなところでやりたいけれど、手作りの“越ロックフェステイバル”はずっと続けたい(JOJI)

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-楽しい話をありがとうございます。では続いてドリームバイトの榛原さんにバトンタッチしますね。

榛原榛原です、よろしくお願いします。では早速最初の質問です。みなさんが曲作りやライヴをするにあたってのこだわりや、これは他のバンドに負けたくないという強みはありますか?

JOJI負けたくないか……。

SUGAライヴはあれだよね、ラフな感じっていうか、dustboxならではの感じがあるというか。

JOJIそれが武器になったかなぁ。最初はほんと、ガッチガチだったからね。いわゆる、まったく面白くないバンドで。

SUGA昔はMCでもただ曲のこと説明するとかだったけど。

JOJIそれだとフックも何もないから、客もつかないし。観ていて面白いと思わせないといけないしね。かっこ良さの追求って、そんなにできないじゃん。年はとっていくしね(笑)。それなら面白さを追求した方がいいと思って。かっこ良さは曲やステージングで見せればいいからね。他にもそういうバンドはいるだろうけど、ギャップがすごいじゃない、うちって。

榛原はい、面白いです(笑)。

JOJIあれが武器であって。でも演奏に入ったらビシッとやってるし。

SUGA俺とJOJIが幼馴染っていうのもあって、喋りのタイミングみたいのって、すごい絶妙だと思うんです。

JOJI実際、投げてくるタイミングとか最悪だけどね。“今!?”みたいな。それをちゃんと拾ってやれるスキルがある。

YU-KIたしかに、そうっすねぇ(笑)。

JOJIそうだよ。誰もこの(※SUGA)手綱、握れないよ?

SUGA(笑)考えてきたことを喋っているんじゃなくて、その場で起こってることに対応していく感じになってるよね。

JOJIまぁそれが、パッケージ的に面白くなったりするし。でも本当にダメなときは、MC流れが悪くなったりするから、諸刃の剣ですよね。

SUGAたまに俺ひとりでヘコんでるときもある(笑)。

JOJIしょっちゅうあるよ。なんでこんなこと言っちまったんだとか、すげぇあるからね。でもあれは、他のバンドにはあまりできることじゃないなっていう気もするしね。俺と客がうわーってやり合ってても、カウント入った瞬間シュッとするっていう。

SUGAグダグダやってるように見えるけど、意外とタイミングは図ってるんですよ。“JOJIがそろそろ曲にいこうとしてるな”とか。そこはお互いに察しているというか。YU-KIもカウント入れようと待っていたりとか。 dustbox

YU-KIそうっすね。水飲まずに間合いを図ってますよ。

JOJIほんとか? 俺が“よっしゃこのMC決まった、カウントいけ”って思っていても、“うん、それでー”とかSUGAが始めるからね。“まじで!?”っていうそれも面白かったりするし、それもひっくるめてMCにしちゃうからね。“今だろ! 曲のタイミング”っていう。

榛原ありがとうございます。次の質問です。dustboxの楽曲は、夢や未来に向かって突き進む前向きな曲が多いですが、みなさん自身は今どんな夢を持っていますか?

SUGA夢かぁ。もう20年やってきちゃったからね。

JOJI叶えたと言えば叶えたけど。あとはなんだろうなぁ。

SUGAフェスやってみたいとか。

YU-KI今は、それじゃないですか。

JOJIもうバンドを始めて20年経っていて、俺らも40歳になって、あと何年できるかわからないじゃないですか。体も壊していく年齢になってくるから。どうきれいに、どうかっこ良く終わっていくかという美学もあるだろうしね。俺もSUGAもずっと言っているのは、いつまでもズルズルみっともない感じでやるんだったら、ビシッと区切りをつけられるかっこいいバンドでありたいということで。dustboxに関しては、もともと誰かメンバーが抜けたらバンドは終わりというのを決めていたんだけど、(オリジナル・メンバーのREIJI脱退後も)いろんな理由が重なって、やっぱり続けようとなって。YU-KIが最後のメンバーだろうしね。かっこ良く終わりたいね。

SUGAそうだね。dustboxというバンドがかっこいいまま終われればいいっていう。このままどんどん朽ちていくのはイヤだなっていうね。

JOJI“あのバンド終わったな”って、指さされるのだけは絶対にイヤだからね。絶頂期に辞めるというよりも、“あのバンドが辞めて、ちょっと悲しくねぇ?”って思われるときに辞めたい。それは夢というか目標というか、かっこいいおっさんで、かっこいい引き際なのかな。あとは、フェスだよね。

榛原フェスは、埼玉でやろうと思ってますか?

JOJIもちろん。できれば地元でやりたいんだけどね。でも、ベッドタウンなので、野外ではちょっと難しいところもあるんです。今いろいろと動いているんだけど、かなりハードルが高いところもありますね。来年の話なので、もう決めなきゃいけないんですけど。

-フェスはちなみに、どのくらい前から考えていたんですか?

JOJIもう2年くらい前から考えていたよね。

SUGA会場についても1個1個交渉とかをしては、うまくまとまらなくてというのが続いていたりもするんですよね。

JOJI市役所の人と飲みに行ったりね。地元の自治会とか、YU-KIが地元の大きなタクシー会社の社長さんと知り合いで、その人と話をさせてもらったりとか。なぜかYU-KIが知ってるんですよね、いろんな人を。越谷市民球場っていうのがあるんですけど、なぜかそこの偉い人とも知り合いだったりとか。

YU-KI友達が結構そういう人とも繋がっていたので。

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-フェスの立ち上げは、いろんな苦労がありますね。

JOJI最初は赤字にもなるでしょうし、でも1回で終わらせちゃダメなのでね。難しいですよ。やるなら同じ場所でずっとやりたいし。

榛原私は5年くらい前に埼玉に引っ越してきて、最初は埼玉が好きになれなかったんです。でも好きになるきっかけをくれたのが、dustboxのやっている“越ロック(KOSHIGAYA ROCK FESTIVAL)”だったんです。

JOJIおぉー。

榛原“越ロック”に行って、埼玉にこんなかっこいいバンドがいて、毎年こんなイベントをやっていて、“埼玉いいかも”って思ったんです。

SUGA良かった(笑)。

榛原“越ロック”に来るお客さんに、感じてもらいたいことはありますか?

SUGAあれこそほんと、手作りのイベントで。ああいうことをやってるバンドも少ないと思うんですよね。柵も自分たちで用意しているしね。

JOJI前日に自分たちで組むんですよ。

SUGA会場に、お遊戯会みたいな飾りつけをしたり、音響も自分たちでシステムを全部持ってきたりして。

JOJIフェスティバルって言ってるけどツーマンだし、ふざけた感じだけど、結構お金はかかっているんですよ(笑)。エアコンが壊れて、暖房が出てきたこともあったし。

SUGA初年度(2006年)だっけ?

JOJIそうだ。初年度は、柵にしても鉄骨をリースで借りて、木の板を貼って補強したんです。STOMPIN' BIRDとのツーマンだったんですけど、1曲目でそれが折れて(笑)。これはダメだっていうので、翌年は自分たちで鉄パイプを買って作り直したんです。それくらい手が込んでいるんですけど、別に地元をわかってほしいというのでもないもんな。周りにできないことをやってるだけで。

SUGA会場の越谷Memphis自体も、俺とJOJIが初めてライヴをやった場所で。

JOJIあそこしかなかったからね、昔は。俺ら、東京にライヴハウスがあるなんてその当時知らなかったから。昔、チケット系の雑誌があって、そのライヴハウス情報欄にちっちゃく出演者も載るじゃないですか。それに載ったことが嬉しくて、拡大コピーとかしたよな。

SUGA渋谷のGIG-ANTICね。

JOJIうわー、雑誌に載った! っていう。

SUGAそのときはそれだけでも嬉しかったんですよね。有名なライヴハウスに出るんだっていう。YU-KIもMemphisでやったことあるんだっけ?

YU-KI僕も初めてのライヴがそこですね。

SUGAじゃあ、みんなそうだ。そういう初心を忘れないっていうのもあるし、あそこで手作りの何かができたら面白いねっていうのが最初だったんです。それで出演してほしいって言ったら、ストンピン(STOMPIN' BIRD)がすぐにOKしてくれて。楽しくできたから、今もそれが続いているっていうかね。

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JOJI会場も小さいしなかなかチケットも取れないじゃないですか。そのへんも狙ってもいるしね。それがいつか大きなことになればいいなと。来年20周年で、“「越ロック」野外ってヤバくない?”ってなると思うんです。これまで出たバンドが出るんじゃないかとか。だって、あんな小さな会場で、10-FEETとかROTTENGRAFFTYとか、デカいバンドが出て何やってんの? って話じゃないですか。

榛原みなさんの原点なんですね。

JOJIあそこではずっと続けたいですね。20周年は大きなところでやりたいけど、あそこにまた帰ってくるし。Memphisでは曲とかも結構作ってたし、地元のバンドみんなの溜まり場だったし、YU-KIとも初めて会ったしね。そのとき、YU-KI はSUGA君が怖かったんだよな。

YU-KI怖くて、前が通れなかったです。

JOJI(笑)地元の若い子たちもあのスタジオを使っていて、別に俺らの後輩っていうわけじゃないんですけど、“どうすれば都内でライヴができるんですか?”とか聞かれたり。“じゃあ、ここと話してごらんよ”とか“こうしてみたら?”とか、話をして、それでデビューしていくバンドもいて。

SUGA嬉しいよね。そういうところでやってる“越ロック”を楽しみにしてくれて。

-榛原さんはどんなきっかけでdustboxを知ったんですか?

榛原最初は中学生のときで、そのころに、ちょうどメロコア・バンドをいろいろと知って。YouTubeでいろんなバンドを観ていたなかで、「Try My Luck」(2006年リリースの3rdアルバム『13 Brilliant Leaves』収録曲)のMVを見つけて、かっこいいって思ったんです。

JOJIチャック・ウィルソンのやつね。

SUGA世代的にもうわからないんじゃない、チャック・ウィルソンが(笑)。あのMVで相撲とってる人ね。

JOJIそうそう、タレントさんなんだけど。

SUGA僕ら世代だと面白いんだけど、もう世代が違うとわからないかな(笑)。

-そうやって知ってくれた若いファンたちも、どんどんライヴに来てくれているんですね。

JOJIそうですね。Dizzy Sunfistとかもそうだよね。

SUGAあいつらは、俺らを聴いて育ったって言ってて。

JOJI初めてコピーした曲が「Try My Luck」だっていうね。

榛原あやぺた(Dizzy Sunfist/Vo/Gt)さんと一緒に「Try My Luck」をやっているのを観たことがあります。感動しました。

SUGA渋谷のクアトロ(CLUB QUATTRO)だったかな。

JOJIうちらもライヴをやってると、若いバンドがみんなそういうふうに言ってくれるようにもなっていて、“あのときのライヴに行きました”とか。

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SUGA“コピーしてました”とかね。コピーしてましたって言われたら、“じゃあ今日1曲やろうよ”とかもあるし。この間ENTHとやったときも、ドラムのtakumiが“dustbox大好きでコピーしてた”って言うから、“じゃあ1曲やろうよ”って叩いてもらったり。キラキラするもんね、顔がね。

JOJIWANIMAも言ってたな。

SUGAKO-SHIN(WANIMA/Gt/Cho)は未だに「Hurdle Race」(2008年リリースの5thアルバム『Blooming Harvest』)を練習してるって言ってた(笑)。あんなでっかいバンドになってるのに、やっぱりdustboxのギターは楽しいって。

-それが20年という時間ですね。

JOJIそうですねぇ。

榛原私はもともと山口県に住んでいて、ライヴハウスが少ないので、ツアーで来てくれるバンドがいなかったんです。だからdustboxが山口に来たときはすぐに観に行って。この間も、HAWAIIAN6のツアーでdustboxとSHANK が一緒に山口に来たとき(2018年2月15日に開催された“HAWAIIAN6 Beyond The Reach TOUR 2017-2018”)にも、帰省して行きました。

SUGALive rise SHUNANだね。

JOJI狭いところね。

榛原天井に頭をぶつけてしまうような会場で(笑)。

JOJIいいハコなんだよね。

SUGAあそこの店長とは昔から知り合いなんだよね。

榛原今は“TRAINING DAYS 2018”というツアー(2018年8月~11月にかけて開催)をやっていますが、このツアーでやりたいこと、何か目指すことはありますか?

SUGA今年は音源を出すことができなかったんですけど、せっかくだから今できる新曲でツアーを回っちゃうのもいいんじゃないかなっていうのが、“TRAINING DAYS 2018”なんですよね。結構前にTwitterで、“ツアーやりたくなっちゃったな”ってつぶやいたら、“音源なんかなくてもいいからツアーやってくださいよ”っていう声を結構貰って。それもそうだよなと思ったんです。それで決めちゃったツアーなんですよね。

榛原またぜひライヴにも行きます。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました。

インタビュアー:吉羽 さおり Photo by RIO NAKAMURA

 

 

メンバー全員のサイン入りTシャツなど、厳選グッズ4点セット(1名様)

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