HEY-SMITH インタビュー - 激的アルバイトーーク!

日本最大級のアルバイト求人情報サイト「バイトル」と激ロックによる「激的アルバイトーーク!」の今回のゲストは、HEY-SMITH。11月にアルバム『Life In The Sun』をリリースし、現在はそれを引っ提げた全国ツアーの真っ最中であり、また自身のツアーにとどまらず、イベントや他のバンドのツアーにも引く手数多のバンドである。ライヴという場で着実に実績を上げ、DIYなインディーズでの活動ながら大型のロック・フェスでも、ライヴ猛者としての爪痕を残す。そんなパンク・バンドの鑑たる彼らが、どんなアルバイト、どんな経験を経てきたのか話を訊いた。また今回は、HEY-SMITHにインタビューをするドリームバイト企画で選ばれた大学生、金子拓未さんも激ロック編集部員として参加。熱い話を引き出してくれた。

KAMIJO

Profile

メンバー:猪狩 秀平(Gt/Vo) 満(Sax)

-これまでふたりはどんなアルバイトをしてきましたか。

猪狩人に言えるような仕事はふたつくらいかな(笑)。たこ焼き屋さんが一番長いですね。あとはコンビニ。それと、フェスとかライヴとかのスタッフみたいな、日当を貰うような派遣のバイトは何回も行きましたね。

-たこ焼き屋さんはどのくらいやったんですか。

猪狩5年くらいバイトして、フランチャイズで自分の店も出しました。

それ、バイトなん? すげぇよな。

猪狩最終的に2店舗出しましたね。

-大出世じゃないですか。ということは、バイト時代から信頼されて任されていた感じだったんですね。

猪狩そうですね。バイトしていて、3年目くらいから「フランチャイズの話があるけど、どう?」ってなって、お金を貯めて店を出しました。で、2店舗出したんですけど、バンドが真剣に始まるってなったので、お店を売ってギターとかアンプ、車とかを全部買いました。

HEY-SMITH

まぁ、そうなるわな。

-たこ焼き屋でのバイトは楽しかったんですか。

猪狩楽しかったですよ。たこ焼きは8個入りとか10個入りとか、決まってるんですけど、めちゃくちゃかわいい子が来ると、10個って言われても14個くらい入れたりして。思いっきり贔屓する。

過剰なくらい。

猪狩それはもう楽しみやった。僕はあなたのことが好きだっていうのをちゃんと表現する。あとは、お店が小さくて自分の部屋みたいな感じなので、音楽もかけていいし、自分の環境にできるのが好きでしたね。

何度か食べに行った記憶があるな。

猪狩そのあとのコンビニのバイト先にも来てたな。

あのコンビニのバイトはひどいよ。あそこもコンビニやのに、好きな音楽かけたりして自分の部屋にしてたやん(笑)。楽しそうやったけど。

猪狩パンクとかメタルとかしか流れないようなコンビニにしてました。

-そこまでやって、怒られないんですか。

猪狩まぁ、怒られますよね。

でも貫き通す(笑)。そこには結構通ってましたね。

-満さんは、どんなバイトをしてきましたか。

僕は、7、8個やってますね。初めてのバイトはマクドナルドで。僕、どうやら接客業の才能があるみたいで、働いて1年くらいでシフト作るまでいったんです。アルバイトやけど、ネクタイ巻いて、クレーム対応などもやっていて。まだ18歳くらいのときなんですけど。

猪狩君もなかなかの出世街道やね。

HEY-SMITH

ただ、時給800円でやってたからな。時給800円でクレーム対応して、ネクタイ巻いて、シフト作って──

-あまり割に合わないような。

合わないんですよ。でもその経験があるから、他のバイトの面接で落ちたことないですね。面接のときに「マクドナルドでマネージャーをやっていたんだったら大丈夫ですね」って。そのあと、居酒屋やカラオケ屋でもバイトをやりましたけど、そのカラオケ屋でも入って3ヶ月でシフト作ってましたし。マクドナルドの経験があるから優遇されるというか。バイト先はめちゃくちゃ厳しかったですけど、続ける子も多くて。楽しいんやと思うんですよね。

猪狩たこ焼き屋もそうやったかな。辞めていく奴がいなかった。

-働きやすい環境があって、居心地がいいんでしょうね。

猪狩あとは同じような奴らが集まってくるんですよね。バンドマンとか芸人とか、何かを志してる奴とか。仕事の内容よりも、誰と働くかという方がでかいと思うので。

絶対そうやな。

-満さんは、猪狩さんのようなコンサート・スタッフなど、派遣のような仕事もしたことはあるんですか。

専門学校に通っていたときに紹介されて、スタッフ関係もやりましたね。麒麟のトーク・ライヴのスタッフをやったりしました。

猪狩俺もコンサート・スタッフは、大学のときに紹介で入りましたね。大阪の「SUMMER SONIC」のリストバンド交換のバイトをしました。めっちゃ覚えてるんやけど、そのときTHE LIVING ENDっていうオーストラリアのバンドが出ていたんですよ。好きなので、これは行かなと思って、スタッフTを脱いで、めっちゃ暴れに行ったんです。バイト中やったんですけど……。

はははは(笑)。

猪狩終わってそそくさとスタッフTを着て仕事に戻ったら、「お前、何してんねん。モニターに思いっきり映っとったぞ」っていう(笑)。いきなりクビになりました。大人になって本気で怒られることなかなかないやん? ほんまにおしっこ漏れそうなくらい怒られて。で、後々自分がBIG CATで企画をしたときのセキュリティのリーダーがそいつやった。

すごい再会やな。

HEY-SMITH

猪狩「上司がいる! あの人が今日、俺らのセキュリティするんや」って。

ヤバいな。

-そのくらい覚えているものなんですね。

猪狩覚えてましたね。その人の前通るとき、なんか言われんちゃうかなと思ったんですけど、たぶん覚えてなかった。

覚えてないやろうな。

猪狩ただそのときは、絶対的に自分が悪かったので。ほんとすいませんって思いながらやってた。

-思い出深いTHE LIVING ENDのライヴにもなりましたしね。そういうセキュリティのバイトやコンサート・スタッフは、その後に繋がるような、勉強になることはあるんですか。

猪狩ないです(笑)。あまり良くないんですけど、スタッフとか言いながらどうにかライヴを観られへんかなっていうのがあって。

スタンスが違う。

猪狩そういう気持ちで行ってるので。働こうとか、吸収しようとかよりも、なんとか観られへんかなっていう感じやったんです。そういうので仕事を選んでいましたね。ずっと歌を真剣に聴いてました。

-バンド活動が忙しくなってきてからは、バイトとの兼ね合いというのはどうしていたんですか。

猪狩俺は、どうやったらバイトを辞められるかっていうところに目がいってました。とにかく働きたくなかったので。バンドって基本的に全部お金が出ていくんですよ。でも、月に2~3万でも、もしかしたら今月は儲かったかもってときには、「バイト辞めよう」と思ってました。この2~3万をどうにかして20~30万にするぞっていう。

-結構な決断ですね。

猪狩でもそっちに向かった方が、こっちも楽しいし。バイトも楽しいですけどね。けどやっぱり、バンドで食うっていう夢があったから。

-メンバーみなさんそういう感じだったんですか。

みんなそんな感じやったんじゃないかな。でも、実家やからできることやったかな。

HEY-SMITH

猪狩そうそう。絶対、月に5~6千円くらい足りなくなってくるんですよね、そしたら「ママ~」って(笑)。

スネをね、ちょっとずつ、なくなるくらいまで。

猪狩かじり倒してきて。

そういう足りないぶんのために、月に1、2回くらいバイトはしてたかもな。入れるタイミングでまた前に働いていたカラオケ屋に戻って、バイトに入ったりしてた。

-戻って、仕事を入れてくれるところだったんですね。

猪狩俺もそうやったわ。

そういう融通の利かせ方をしてくれたというか。

猪狩辞めて3~4年とか経っているのに、「不定期で働きたいんですけど」って言うと、入れてくれたりするんです。ほんと、月に1万くらい足りなかったりするので、そのぶんを。

月に1、2回のバイトでなんとか稼ぐというね。

猪狩それで働かせてくれる店も多かったですね。

-それは、そこまでしっかり働いていたからというのと、人との出会いに恵まれたからこそですかね。

猪狩長く働いている場所が多かったですからね。あとからも面倒見てくれるというか。あとはバイトって、年上の人とかいっぱいいるから、ちょっと悪いこと教えてくれる人もいるんですよね。でもそれが楽しみというか、社会に出る一歩というか。

階段を上っていく感じで。

猪狩いきなり社会に出ていたら情報量が多すぎて、もしかしたら失敗していたことがあったかもしれない。先輩がちょっとジャブとして教えてくれるから、階段を上れたのもあるし、本当にダメな方向にはいかなかったのかなと。ちゃんと見極められるから。それは結構でかいんじゃないですかね。

いきなり社会に出ていたら情報量が多すぎて、失敗していたようなことも
バイトの先輩がジャブとして教えてくれるから、階段を上れた(猪狩)

HEY-SMITH

-バイトは少しでバンド1本の活動となって、金銭的な面や気持ちの面で、これは大変だな、しんどいなということはなかったですか。

そういう生活したらなんとかなるもんなんですよ。

猪狩慣れるんですよ。ツアーに行っても、路上とかでも寝れるようになってくるんですよね。夏なんて車中泊もめんどくさいから、日陰とか探して、普通にそこで寝てました。

車の下の影になってるところとかな(笑)。そんなんが当たり前でしたね。

猪狩そっちに慣れていったもんね。

今は絶対無理やけどな。

猪狩俺絶対、会社辞めるもん。

あとは、当時はツアー先のライヴハウスの店長の家とかに泊めてもらったりもしたし。

猪狩ほとんどそうですね。対バンの奴らが、家に泊まりに来ることもあったし、SiMとかSHANKとかも泊まりに来たし。逆にSHANKのメンバーの家に泊めてもらったりしてましたね。

-そうやって成り立っているものなんですね。

猪狩今はみんなわがままですね。

このホテルはイヤだとか(笑)。

猪狩人って変わる。怖いわ~。

-(笑)ではここから、ドリームバイトの金子さんにバトンタッチします。

金子埼玉県出身、大学4年の金子です。今日はよろしくお願いします。では、早速質問です。長いツアーの中では、モチベーションの浮き沈みとかがあるのかなとも思うんですが、みなさんはどうやってモチベーションを保ったり、上げたりしていますか──

HEY-SMITH

猪狩女性ですよね。

即答やな(笑)。

猪狩女性、ご飯、お酒ですね。その3つで成り立ってるから。ご飯with女性、お酒with女性。で、女性。

その女性でモチベーションが下がるときもあるけどな。

猪狩ある。モチベーションというか、コンディションが下がる(笑)。

でもお酒とかツアー先の美味しいご飯は、大事かな。

猪狩あと、オーディエンスの笑顔!

1ミリたりとも思ったことないよな? 俺は、最近サウナとかによく行くんです。サウナでしっかり汗かいて、美味しいご飯食べるだけで、モチベーションは常にいい状態で。

猪狩お風呂好きやんな。名湯を探すのが好きで、その言われたところに俺も行ってみたりして。ライヴの前日はそういうお風呂とかサウナとかで喋って、「明日はどんな感じかな」とか「こういうこと話そうか」とか、そういう感じが結構多いかな。

金子次の質問です。2017年、Hi-STANDARDの「THE GIFT TOUR 2017」や、2018年9月の「AIR JAM 2018」に呼ばれたときの気持ち、実際に出演したときの気持ちはどんな感じでしたか。

猪狩夢にも見てないようなことというか。こうなったらいいなっていう想像すらできない、もっと向こうの話だと思ってたからな。ハイスタ(Hi-STANDARD)が復活するということ自体が、まず考えになかったから、一緒にライヴをするのは絶対無理やなと思ってたし。最初に「AIR JAM 2016」のオファーが来たときは、「マジ!?」っていうか、「ほんまに?」って感じでしたね。嬉しいという感情すら湧かないくらい驚きやった。

HEY-SMITH

「現実なのか?」っていう感覚はあったな。

猪狩2016年のときはちょうどレコーディングをしていて、みんなで話していたときに難波さん(難波章浩/Vo/Ba)から着信があって。「これ、「AIR JAM」やるでとかいう話だったらどうする?」みたいなこと言いながら、スタジオの外に出て電話を取ったら、それが「AIR JAM」出演のオファーやったから。「AIR JAM」をやるとかの話じゃなくて、出演オファーで。俺もう自分が怖なってきて(笑)。

金子メンバーから直接出演のオファーがあるんですね。

猪狩それをやってくれるから嬉しいんですよ。レーベルや事務所の大人が大人に話をして決まるとかじゃなくて。ハイスタはそれをやらないし、そういうことをやってきてないから、俺らもそのスタイルやし。思い出した。2018年のときは、「ポルノ超特急」の前日に健さん(横山 健/Vo/Gt)から電話がかかってきたんです。そのとき僕、お酒を飲んでいて、一緒にいた子が俺の横で吐いてしまって。「マジでどうしよう」って思ってるときで……。

はははは(笑)。

猪狩「で、今話せる?」って(笑)。そこでオファーを貰いました。地獄と天国を一気に味わった。

ゲロどうでもよくなるな。

猪狩全部を許せましたね。

「AIR JAM 2018」は、ほんまに興奮したよな。終わったあとに、「ライヴどうやった?」とか言うんですけど、ただただ興奮したね、で終わっちゃったんですよ。

猪狩次の日ぐらいでは余韻が冷めなかった。2日後には、ほんまに「AIR JAM」が好きな人としか飲みたくなくて、レーベルの森さんとか、HOTSQUALLのチフネさん(チフネシンゴ/Gt/Vo)とか、Dizzy Sunfistのあやぺた(Vo/Gt)とかと飲みに行って、ハイスタのデビューのころからの話をして(笑)。それでも足りなくて、翌日には出演者に電話して、04 Limited Sazabysとか、2016年に出たCrossfaithとかとまた飲んで。「AIR JAM 2018」を自分のものにするのに、何日もかかった。最近、ようやく落ち着いたかな。でも、この間「AIR JAM 2018」の放送を観ただけで、またきたけどな。

金子自分は「AIR JAM 2018」の直前に、9月7日に柏PALOOZAで行われたHEY-SMITHの「新曲お披露目ツアー2 ~初めて行くライブハウス編~」にも行ったので、短期間で小さなライヴハウスでのライヴとZOZOマリンスタジアムでのライヴを観て、なんだかわけわからなくなって。

猪狩PALOOZAって500人くらいでしょ? そこから3万人のスタジアムで。それが2日後くらいのことだから、意味不明やんね。たぶん、俺も君とまったく同じやな(笑)。

素晴らしかったよな。「AIR JAM 2018」はあの「千葉マリンスタジアム(現ZOZOマリンスタジアム)」やからっていう感情もあったから。

「AIR JAM 2018」はあの「千葉マリンスタジアム」やからっていう感情も大きかった(満)

HEY-SMITH

猪狩そう。俺らが映像として手にできたハイスタの最後の姿が、2000年の千葉マリンスタジアムでの「AIR JAM」のVHSのビデオで。それを何度も観て覚えてたのが、建物が白くて、スタンドの椅子が青い感じで、それが「AIR JAM」ってなってるから。最初に2018年にBRAHMANが突っ込んでいったときに「あ! 知ってるこれ!」っていう。白い建物で、青い椅子があって、「AIR JAM」やんこれっていう。「今、伝説の中にいるぞ」みたいな感じやったね。

金子すごくいいお話ですね。では、次の質問です。これから対バンしてみたいバンドはいますか。

どうですか、猪狩さん。

猪狩そこは完璧に俺がやっているので。対バンしたいバンドは、対バンしてるかな。今やっているツアー「Life In The Sun TOUR」で初めて対バンする人もいるけど、その人らも、どこかのライヴで観たり、イベントで一緒やったりしていて、何も知らずに誘うということは絶対なくて。音源がかっこいいからライヴを観てみようとか、あとは人として最高やなとか、どれでもいいんです。それに当てはまってる人に声を掛けていくから、対バンしたいと思っている人とは対バンしてる。今回のツアーでも、初めての人たちは、そういうことで声を掛けていて。

金子僕は今回のツアーで高崎と熊谷でのライヴに行ったんですけど、そこではSIX LOUNGEが対バンでした。系統が違うなと思ったんですけど、ライヴがすごく熱くて、そこで音源を買って聴いていて。新しい出会いだったなと思ってます。

猪狩そうなってほしいなという気持ちが強くて。俺たちも高校生のときとかは、週5くらいでライヴに行ってたんですけど、当時はチケットのメール予約とかはなくて、ライヴに行って、その日に次の面白そうなライヴのチケットを買うんです。で、またライヴに行って、という感じで。対バンでいいバンドがいたら、そのライヴに行ってとか、そうやって育ってきたから、それをみんなにも味わってほしいというか。もちろん、誰が目当てでライヴに来てくれてもいいし。その日の対バンを観て好きになるとか、それが異ジャンルであればあるほど、いいかなとも思ってるしね。俺たちのいるパンク・シーンとか、バンドのシーンっていうのは、誰かが勝手に騒いでるだけのものじゃなくて、バンドが意図を持ってシーンを作っていくものやと思ってるので。バンドが意図したシーンを作って広げていく。しかも、その密度や濃度はすごく大切にしているから、対バン相手は、すごく真剣に選ぶ。対バンとか今渦巻いてるシーンは、自分たちが意図を持ってやっているものやから、一番こだわるかもしれない。

金子9月の柏PALOOZAではSEVEN STEPが対バンで、これはヤバいと思ったので、最近SEVEN STEPのライヴにも行って、またそこで対バンをしていたバンドも聴いたりしていて。そういうとこでは、めちゃくちゃ影響を受けてます。

そうやって、広がっていくからね。

金子僕は、去年まで大学で部活をやっていたんです。サークルではなくて、ガチガチの部活でサッカー部だったんですけど、毎週末試合があって。でも平日も練習と学校があって、なかなかライヴに行けなかったんです。それで3年生の途中で、俺これはもうダメだと思って──

猪狩はははは(笑)。

金子ライヴ行きたいって思って、コーチに休部しますって言って、そのまま退部しました。

ヤバいな(笑)。

猪狩なるほどね。でもそういうもんやと思うな。じゃあ、小学校くらいから続けてたサッカーをいきなりボーンとやめたの?

金子はい、やめました。

それくらい音楽が変えたんやな。

猪狩俺もすごく似てて、小学生から高校までサッカーをしていて。でも高校生で、自分でライヴとかをやり出すようになったんです。それで、そこそこサッカーが強い学校やったけど、めっちゃ公式戦やのに、「俺ライヴあるから行かん」って言って、だんだんとそうなってったな。

好きなものに傾いていくんやな。

金子なので、部活をやめてからはライヴで遠征をするようになりました。東京とか大きなところではない、地方でこそ聴ける曲があるんじゃないかなと思って、いろんなところに行ってます。地方に行ってライヴを観ると、自分の思い出にもなって楽しいです。

猪狩俺も好きなバンドがいたら、全箇所のライヴ行ったりしたこともあったな。だから、気持ちは来てくれるお客さんと同じやと思う。ただステージでギター弾いてるだけで、弾いてるか、聴いてるかの違いくらいで。一緒なんですよ。

金子では、最後の質問です。これまでバンドをやってきて、一番幸せな瞬間はどんなときでしたか。

猪狩俺は、何かを成し遂げるとか、例えば主催する「HAZIKETEMAZARE FESTIVAL」がソールドしたとか、1万5千人来てくれたとか、そういうのは関係なくて。もっと精神的なところで、今日はすごく歌が、ギターが、完璧に自分の理想になったんじゃないかとか、今日のお客さんと俺のパワーはヤバかったとか、そういうところに幸せを感じますね。CDが売れたとか実質的なところは、まぁ嬉しいですけど、一番幸せなのは、ライヴで「最高!」ってぶっ飛んでるとき。俺はなんで今日こんなに調子がいいんだ、なんでお客さんはそれに対してこんなにもずっと応えてくれるんだというくらいに。で、どんどん調子が上がっていくときが、一番幸せかな。どうですか?

お客さんが笑顔で帰ってくれるときが一番──

猪狩絶対嘘やろ。ようそんな表情で言えるな。

(笑)海外でのライヴが幸せかな。HEY-SMITHを知らない人たちが、徐々にボルテージが上がっていって、最終的には大暴れするみたいな。あのときの感覚が、自分では最高に幸せな瞬間かな。

HEY-SMITH

猪狩全然動かなかったし、言葉も通じないのにっていう。

もちろん日本でのライヴでも、同じように最高なときもあるけど、あの海外のライヴは、同じライヴができへんという感覚が今でもあるから。

猪狩俺、アメリカのデンバーでのライヴはすごい覚えてるわ。めっちゃ広いところで、結構人もいて、最初からいい感じに盛り上がって、最後は「嘘!?」っていうくらいの盛り上がりになって。こっちもガンガン、テンションが上がってっていうのが良かったな。

金子ツアーの楽しさが伝わります。今日は、楽しい話をたくさん、ありがとうございました。

インタビュアー:吉羽 さおり Photo by 石崎祥子

 

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