サガミレストランツ株式会社の"ココだけ”トップインタビュー

「辞めないで」と励まされたあの日。パートナーさんたちに支えられ、今がある

伊藤修二氏

社長略歴

伊藤修二氏 名古屋市中川区に生まれる。自動車販売のトップセールスマンを経て、35歳のときにサガミレストランツに転職。以来、人事や食材調達の総責任者など、同社のほぼすべての部門を経験し、2017年4月社長に社長兼最高執行責任者に就任する。実家が寿司屋で接客・調理好き。熱狂的なドラゴンズファン。

■サガミレストランツ株式会社
■本社/名古屋市守山区森孝1-1709
■設立/1970(昭和45)年3月4日
■従業員数/580名
■事業内容/「和食麺処サガミ」(蕎麦・きしめんで日本一の店舗数)の経営。他にも、「味の民芸」(手延べうどんで日本一の店舗数)、セルフうどん「どんどん庵」など 、そば・うどん・和食を主体とした店舗を、東海、関東・甲信越、北陸、関西・中国エリアに約263店舗展開。タイ・インドネシア・ベトナムなどへも出店中。

今では「日本一の和食麺類チェーン」を率いる立場だが、サガミへ転職後、あまりの激務に「辞めよう」と思っていた時期があるという。そのとき、伊藤氏を救ってくれたのは、悩んでいる様子に気付き、「大丈夫、絶対店長になれるから」と励ましてくれたパートナーさん。そして、「伊藤さんが辞めるなら私も辞めます」と諭してくれたアルバイトの学生さん。「人に支えられたからこそ、今があります」と笑う伊藤氏が、経営する上で一番大切にしているのは、「人に優しい、人を大切にする、人が長く働きたいと思う会社づくり」だ。

インタビュアー

インタビュアー

ディップ株式会社 執行役員 鬼頭伸彰
同社 ビジネスソリューション事業部 事業部長 佐賀野淳

2020年が名古屋だったら、もっと良かったんですが(笑)

―お会いするのを楽しみにしていました。私自身、名古屋出身で、以前から月1回ペースでサガミさんを利用していたものですから。

伊藤:どちらのお店ですか?

―中川区の松葉公園店です。家族旅行の帰路、高速の出口を出たら「サガミ」の看板が見えてくる。「ああ、家に帰り着いたんだなぁ」と感じたものです。

伊藤:ありがとうございます。実はいま、あの店がすべての「サガミ」の中でトップの業績を上げているんですよ。

―そうなんですか。いついっても変わらないな、落ち着くな、と感じますね。

伊藤:はい。あのお店自体は、もう30年ぐらいになるでしょうか。確かに「幅広い年代に親しまれる」という店舗コンセプト自体は変わりませんが、4回か5回は改装しています。私が営業本部長だった6、7年前にも、そばの実を挽く石臼やそば打ち台の位置をお客様から見やすい場所に変えるなど、いろいろと試行錯誤してやっております。

―2020年に創業50周年を迎えられますが。

伊藤:よくここまで続いたと思います。本当に皆さまのご愛顧の賜物です。50周年が2020年という年と重なったこともタイミングがよく、嬉しいですね。記念イベントも今からいろいろと考えているので、楽しみにお待ちください。まあ、名古屋でも大きいイベントが開催されたら、もっとよかったんですけど、欲をかいてはいけません(笑)

初めての仕事体験は、実家の寿司屋の手伝い。やりたくなくて部活動に逃げました(笑)

伊藤:前職のお得意様であったサガミレストランツ創業者のご親族の方から「サガミに来ないか」と誘っていただきました。散々悩んだ末に転職を決めたのは1年後の35歳のときです。

―悩んだ理由は?

伊藤:飲食業の大変さを肌身に感じながら育ってきたからです。実は父親が農業をやめて、板前修業をした後、実家の下に寿司屋を開業したんです。その手伝いを小学校のころからずっとやらされていました。

―子どもにできることといえば、出前ですか?

伊藤:そうです。年末なんかは特に忙しかった。友人の家への出前が、どうしようもなく恥ずかしくて、嫌でしたね(笑)。中学と高校で運動部に入ったのは、出前の仕事をやりたくなかったからです

仕事は大変だろうけど、挑戦するなら今だ、と思いました

―飲食業の厳しさを知っていたのに、サガミさんへの転職を決断されたのは?

伊藤:当時は店舗数も少なく、和麺チェーンの中でも名古屋で3番手ぐらいだったのですが、お店を実際に利用してみて、「ここは伸びる。会社と一緒に成長できそうだ」と思えたんですよ。

―創業者のご親族の紹介だから、待遇もよくなる感じで。

伊藤:とんでもない。給料に関していうと、月10万円は下がることが分かっていたんです。当時、二人の子どもは小学生低学年だったので、随分悩みました。最後は「もうすぐ35歳だ。挑戦するなら今しかない。仕事は大変だろうけど、それでもやってみよう」と。

―その決断があったから、社長という今の地位があるのですね。

伊藤:いやいや。実は、入社して間もなく、「辞めようかな」と真剣に悩んだ時期があるんですよ。そこを乗り越えたから今がある。一緒に働いてくれていた仲間の優しさや心配りに助けられました。

伊藤修二氏

予想をはるかに超えた忙しさと、慣れない人事の仕事に悩みました

―入社して最初に感じたことはなんですか?

伊藤:予想をはるかに超えた忙しさです。現在は正反対なのでいえるのですが、あの当時のサガミは、今でいうブラック企業にかなり近い存在でしたね。

―どんな忙しさだったのですか?

伊藤:たとえば、年始年末やお盆の8月は1日も休みが取れない。3交代制の勤務体系に関係なく、開店から閉店まで通しで働く日が続く。それぐらいお客様が途切れることはありませんでした。

―従業員の数も足らなかったのですね。

伊藤:はい。あの当時は、シャワーだけ浴びに家に帰り、すぐ店へ戻る、会社だけの日常でした。今はまったくそんなことはないですよ(笑)

―そのころが「辞めようかな」と悩みはじめた時期だ、と。

伊藤:入社2年目に、まったく畑違いの人事の仕事を兼任することになりました。平日は本社で採用難と闘い、土日は店舗勤務に汗を流すという具合に、余計に休めなくなったのです。

―慣れない仕事に激務続き。ストレスが溜まりそうですね。

伊藤:小学生だった二人の子どもは、寝顔しか見ていない。学校行事にもすべて欠席。女房が心配してくれたのを覚えています。覚悟をしてはいても、人間ですから、さすがに「辞めようかな」「女房に申し訳ないなぁ」と。

私を励ましてくれたパートナーさんや、アルバイトの学生さんの言葉は忘れません

―人の優しさや心配りに助けられたと、さきほどおっしゃいましたが。

伊藤:お店では、もちろん、誰にも悩みは打ち明けませんでしたが、表情や歩き方などに出ていたんでしょうね。パートナーさんに気付かれました。

―辞めたという気持ちを?

伊藤:そうなんです。そして、「伊藤さん、元気ないね。辞めないで頑張ってよ」「大丈夫、伊藤さんなら絶対店長になれる。伊藤さんのカラーの店を、つくってよ」と。アルバイトの学生さんからは「伊藤さんが店長として頑張っているお店のお客さんになりたいから、絶対に辞めないでください」とも。店長となって、お客様と働く仲間、みんなの笑顔が絶えない店をつくるという夢があったので、この言葉には胸が熱くなりました。

―ともに働く仲間に慕われていらっしゃったんですね。

伊藤:あの励ましと、優しさがあったから、いま、社長の椅子に座れているのだと強く感じます。そういえば、女房にその話をしたら「お父さん、そんな優しい言葉をかけてもらえて、よかったね」と。「うん、もうひと踏ん張りしてみるよ」と言ったのを覚えています。

―そのお二人との関係は、もう途絶えてしまったのですか?

伊藤:いえいえ。いまも続いています。お酒を酌み交わすこともあるのですが、その度に「あのときは、本当にありがとうね」と感謝の気持ちを伝えてきました。

伊藤修二氏

6代目社長、現在の鎌田会長の入社が新生サガミレストランツの出発点です

―社長ご自身が「辞めたい」と悩まれるほどの、“人に優しくない労働環境”が変わっていくきっかけを教えてください。

伊藤:サガミレストランツは私が入社した後、外食ブームにも乗り、順調に成長しました。ところが、東証一部に上場した1997年が売上のピークで、業績が落ち始めます。人の手配ができていないまま、出店ありきで店舗を増やしていったことも主な要因の一つです。

―店舗数も減っていったとお聞きしました。

伊藤:労働環境がよくないものだから、採用するのも難しく、定着率も悪かった。常態的な赤字です。抜本的な立て直しが急務だと経営陣は判断したんですね。「外部から取締役を呼びたい、適任者を探してくれ」と、当時の4代目社長から、総務人事部長だった私は依頼を受けました。

―責任重大ですね。

伊藤:もう必死です。白羽の矢を立てたのは、主要株主に名を連ねていた大手商社で、海外事業や外食事業に携わっていた現会長の鎌田さんです。「サガミ」の一号店である「一社店」に来てもらい、面接をしました。「うちにおいでいただけないか」と頭を下げた日のことは、よく覚えています。

―「サガミレストランツ」が抱える問題点については理解されていたのでしょうか?

伊藤:悪いところは包み隠さず、すべて伝えました。「東証に上場していますが、中身はまだまだなんです」「うちはIBシステムとYTシステムでなんとかやってきた会社です。それでも大丈夫でしょうか?」と。

―?IBシステムとYTシステム?

伊藤:「いきあたりばったり」と「よってたかって」の略です(笑)。

―分かりやすいですね(笑)

伊藤:結局、1週間後に「やりましょう」と返事をいただきました。鎌田さんは、大手商社の外食産業チーム長として、国内外の大手企業と合弁企業を4社立ち上げた経験を持つなど、外食とは縁が深い経歴の持ち主でした。当時の上司だった常務と二人で「いい人に来てもらえる。これで会社は変わる」と大喜びしましたね。

―期待していた通りに、会社は変わっていきましたか?

伊藤:最悪な状態を脱して、最終利益も黒字が定着しました。とにかく鎌田さんが来て、劇的に変わった。鎌田さんの採用と社長就任が、新生サガミレストランツの出発点だったわけです。

トップダウンの組織文化から、議論を重ねるオープンな社風に変わりました

―立て直しが成功した要因はどこにあるとお考えですか?

伊藤:鎌田さんは名古屋との縁もあまりなく、組織文化も違う外部の会社からやってきた、いわば外様です。でも、受け入れる側に変わりたいという意志が強くあったことも手伝って、当時の経営陣をはじめとしたメンバーの多くが、鎌田さんの言葉に真摯に耳を傾けました。

―変わりたいという気持ちが、反発する心に勝ったわけですね。

伊藤:何より、鎌田さんが6代目社長就任とともに断行した20項目もの大改革が、会社を変える力となりました。制度改革、組織改革、意識改革です。特に印象に残っているのは、管理本部長と営業本部長を入れ替えるという大胆な人事。ここには「組織に多少手を入れても根本的な意識改革はできない」という強い意志があったようです。

―その役員入れ替えによって、伊藤社長は当時、管理本部長から営業本部長、いわばナンバー2にポジションが替わった、と。

伊藤:鎌田さんから、「伊藤さん、営業やってくれ」と突然言われて驚きましたが、嬉しくて、よし、やるぞと気合が入りました。店舗が好きだし、営業や接客が好きでしたから。8年も人事の仕事をやっていたので、私が採用した社員が大勢いますしね。店長に関しては現在4分の3です。もう子どもがいて、会わせてくれるんですよ。従業員の家族のためにも、頑張らなきゃと強く思いましたね。

―鎌田会長の大改革がうまく進んでいった主な理由は何だったのでしょう。

伊藤:いろいろありますが、一番は、徹底してオープンなところです。トップダウンとは正反対で、「何事にも議論を重ねましょう」「みんなで決めて、みんなが納得した上で一つになり、前に進んでいきましょう」というスタンスなんですよ。

―トップダウンで事が進められていく文化に浸っていたとすれば、議論を重ねましょうと言われても、なかなか最初は意見が出なかったのでは?

伊藤:なので、鎌田さんは意見が出しやすいように、「何のために会議に出てきたのですか。会議に出るというのは、議論を闘わせるためですよ。それができなければ、出席する必要はありません」と。おかげで、議論が活発になりました。「そういう考えもあったのか」という気付きも多く、経営への参加意識が高まりました。

伊藤修二氏

従業員アンケートなどを徹底して行ない、頑張った人が正しく報われる仕組みを作りました

―当時、伊藤社長は、鎌田会長とともにどこを目指されていたのでしょうか?

伊藤:誤解を恐れず、分かりやすく言うと、「従業員の頑張りへの対価を払わず、従業員とその家族を犠牲にして成長してきた企業からの脱却」です。

―それまでは頑張りに報いる仕組みがなかったと。

伊藤:鎌田さんも私も、様々な変革に取り組みましたが、その根底には「当たり前のことに一生懸命取り組んだ人が、頑張った分だけちゃんと報われる会社にしよう」という想いがありました。「楽しく笑って働ける職場環境」へと変えていったのは、7年前のここが原点です。

―どんなことをして、どう変えていったのですか?

伊藤:パート・アルバイトを含めた全従業員にアンケートを取って、困っていたり、不満に感じていたりすることを吸い上げました。私自身も、営業本部長として、当たり前のこと、たとえば、休日をちゃんと取らせることや、残業代を正しく払うことから実行していきました。

―他にはありますか。

伊藤:たとえば「時間管理委員会」を設けて、サービス残業の発見と撲滅に取り組んでいます。6年ほど前から給料明細書の中に、有給休暇の残日数を入れるように変えたのですが、これも外食企業の中では珍しいと聞きました。

―寝る暇もなく働いていた入社当時の辛い経験が活かされたわけですね。

伊藤:今は外食企業の中で、人が辞めない会社の先頭を走っています。パートナーさんの定年も延長しました。親子三代が一緒に働いているお店もあります。64歳のおばあちゃん、42歳のお母さん、17歳の高校生です。最高ですよね(笑)

―休日・休暇に関してはどのようになっていますか?

伊藤:休日は週1回以上で月6~12日。前もって申請して店舗内で調整すれば、土日に休むこともできます。上・下半期に各3~5日間連続で休むリフレッシュ休暇を使えば、旅行や帰省もできる。伴侶や子どもの誕生日、結婚記念日などをアニバーサリー休暇としています。子どもの寝顔しか見られない、学校行事には出られない、家族サービスができない、なんていうことは、もうなくなりました(笑)

―ES、従業員満足度を向上させる取り組みを早くからやられていたわけですね。

伊藤:ESから一歩進んでいます。FS、つまり、家族満足度の向上が今では掛け声になっています。店長会議などを通じて、私はよく、「1に家族、2に家族。会社は7番目ぐらいでいいから」と伝えていますね。家族が満足していなければ、一緒に働く仲間にも優しく接することはできませんし、お客様に喜んでいただけるサービスも提供できませんから。

いま、背負っているのは、全従業員約8000人の家族みんなの幸せ

―鎌田会長から社長のバトンを引き継がれたのは2017年4月です。

伊藤:鎌田さんから「後を頼みたい」と言われて、何度か「本当に私でいいのですか」と。最後は「しつこい。なぜ、要請を請けてくれないのか」と怒られました。

―自分に果たしてできるだろうかと悩まれた?

伊藤:責任の重さが違いますからね。家族にも負担がかかる心配もあったので、プレス発表の直前まで女房には言えなかったんですよ。告げたのは当日の朝です。

―なんとおっしゃったのですか?

伊藤:それが、「今日、新聞に名前が載るから」と言ったら、「何か悪いことでもしたんですか」って(笑)

―社長就任を告げたら、喜ばれたでしょう。

伊藤:よくそう言われますが、一言「大丈夫?」と心配してくれました。それが本音だったのでしょう。私が「やってみるよ」と告げたら、「お父さんがそう言うなら応援するね」と。

―他にはどんなことを?

伊藤:「全従業員のご家族の生活を守るのがお父さんの役割ね」と言うから、「そんなことは百も承知だ。パートナーさんやアルバイトさんを含めた約8000名の従業員とその家族、何万人もの人たちの暮しをよくしていく責任がある」と、自分を戒めるように言いました。

―それだけの重圧を背負ってまで成し遂げたいことを教えてください。

伊藤:「人を大切にする、人が長く働きたいと思う会社づくり」を、今以上に進めることです。兼任していた時代を含めると10年以上も人事採用に携わっていたこともあり、「企業は人がすべて」を強く実感してきましたから。私自身、人に求められてサガミに入り、人に優しく励まされて辞めることを思いとどまり、自分が採用した人によって、会社が立ち直っていく経験をしましたからね。

伊藤修二氏

採用した人の、人となりを見極め、伸ばしてくれる店長のもとへ配属しています

―外食産業は特に人材難という問題を抱えています。

伊藤:今に始まったことではなく、昔からそうなんですよ。採用が難しいから、辞めない会社にしようというのが、基本的なスタンスです。

―もっと人が長く働きたいと思う会社にするために必要なことはどんなことでしょう。

伊藤:たとえば、全員が必ず土日に休みが取れるようにするための制度づくりなどもその一つでしょう。待遇アップもそうです。だから、この点に関しては、これからも改革を続けていきます。でも、別に、もっと大切なことがあると思っているんですよね。

―仕事をする意義をより感じることができる会社づくりでしょうか。

伊藤:確かにそれもありますが、人事を長くやっていて一番感じたのは、「人は抱えた悩みを打ち明けられない環境では長続きしない」ということです。誰だって仕事をしていて悩むことはあります。私もそうでした。

―最初に語っていただいたエピソードですね。

伊藤:はい。大切なのは、仲間や部下が悩んでいることを察知し、話しをよく聞くこと。それができる関係を仲間同士、上司と部下の間で築くこと。

―社長となられてから、従業員のみなさんに、それを伝えてこられたわけですね。

伊藤:全店長を集めた、少し前の会議でもこう言いました。「あなたをお店で支えてくれているパートナーさんや新卒社員などが抱えている悩みに気付いてあげることが一番大切な仕事ですよ」「そして、優しくひと声を掛けて、話しを聞く。これが大事です」と。

―いい人間関係ができている店づくりのために、他に配慮していることはありますか?

伊藤:新卒採用の場合を例に取ると、内定者と何度も会って話すことで人となりを見極め、その人の性格に合った店長のいる店舗に配属するようにしています。「あ、こんな性格なのか。だとしたら、あの店長のもとで働くとつぶれるな」と分かるようになるものなんですよ。配属に際しての細やかな心配りをすることに労力を注ぐことで、格段に定着率が良くなりました。去年と今年の新入社員はほとんど辞めていません。合う、合わないが人にはやっぱりあるんですね。

―しかし、採用数が増えていくと、細やかな配属のための仕組み化が求められるのではないですか?

伊藤:それもできています。以前は人事総務を中心とした管理部門の人間しか採用にかかわっていませんでしたが、今では、営業部門はもちろん、会長や私を含めた、全社体制で採用面接に当たる仕組みに変わりました。内定者との懇親会では、酒を酌み交わしています(笑)

お客様や働く仲間に配慮ができる集団になれば、数字は後からついて来ると信じています

―最後に、御社の課題と強みをお聞かせください。

伊藤:課題は、今いる人材に学ぶ機会を与え、磨き上げること。パートナーさんやアルバイトさんを含め、研修の機会を積極的に提供していくことです。

―教育にかける費用は、この業界ではかなり多いほうだとお聞きしました。

伊藤:そうなんです。採用・教育研修費は、売上が下がっても決して減らさずに、これまでやってきました。もちろん、これからも。おかげさまで経営学修士、いわゆるMBAの取得者も生み出しています。そういえば、つい最近、私自身も以前、ドラッガーのマネジメント研修で厳しく鍛えられました(笑)

―売上利益ともに計画を上回り、株価も20年ぶりに1500円台をつけるなど、業績好調です。サガミレストランツの強みは、どこにあるとお考えですか?

伊藤:経営改革や意識改革、労働環境の改善なども効果もあり、「より、人に配慮できる会社」になれたことではないでしょうか。人というのは、お客様、働く仲間、その家族、すべてです。人に優しい集団になれば、楽しく笑顔で働けますし、お客様への気配りができて、また来たいと思っていただけるわけですから。

―マニュアルにない、お客様に感動を届ける気配りですね。

伊藤:利き腕を骨折した包帯姿のお客様から、お褒めのメールが届いたことがありました。その方を担当したあるお店のパートナーさんが、そばを食べるためのお箸の横にフォークを置いて届けたようです。もちろん、マニュアルにはありません。自然と出た気配り、心配りです。嬉しかったですね。

―店舗数500店舗、売上高400億円、経常利益30億円、海外出店国数10ヵ国など、具体的な目標数字も掲げていらっしゃいます。

伊藤:「企業は人がすべて」が私の信条です。人に優しい、人に配慮できる集団になることにすべての労力を注ぎます。社長をクビになるまでね(笑)

―それだけの覚悟で、追い求める、ということですね(笑)

伊藤:売上高がどうとか、経営効率がどうとか、いろいろありますが、人に徹底して優しい会社になれたら、必ず数字は後からついてくる。そう思っています。これから一緒に働きたいのも、思いやりや気配りができる人、人への優しさを子どものころから育んできたような人。何度も言いますが、本当に「企業は人がすべて」ですからね。

伊藤修二氏

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