相田翔子★スターアルバイト烈伝(前編)|バイトル

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スターアルバイト烈伝★相田翔子(前編)

意外にも様々アルバイトを経験してきたという相田さん。人前に出るのが苦手で、バイトも裏方ばかりを選んでいたのに、アイドルデビューが決まり…!? 本邦初公開、貴重なアルバイト経験を語っていただきました!

相田翔子

Profile

1970年東京生まれ。1988年女性デュオ「Wink」としてデビュー。翌年には日本レコード大賞を受賞。1996年の活動停止以降は、映画・ドラマ・CM・舞台で女優として活動。また、人気バラエティ番組のレギュラーや司会を務めるなど、幅広く活躍している。2013年9月4日に16年振りのオリジナル・ソロアルバム『This Is My Love』を発表
公式サイト:http://www.aida-shoko.com/
公式ブログ:http://ameblo.jp/aida-shoko/

RESPECTⅡ

16年振りのオリジナル・ソロアルバム
『This Is My Love』
Now On Sale!

前編

相田翔子

人生初の給料は千円札一枚!

 当時の私は、お洒落にも興味があったし、お小遣い以外に自由に使えるお金が欲しかったので、デビュー前は色々とアルバイトをしていました。
 高校一年生のときに、親に相談して紙袋をつくる内職をしたのが最初の仕事です。内職は時給のように、働いた時間でお給料をいただけるわけではなく、あくまで完成させた数に応じて支払われるものですから、それこそ寝る間も惜しんで紙を折ったり糊を付けたり、ときどき姉が手伝ってくれたりもして一生懸命つくりました。ですが、なにせ一枚につき一円にもならないので、初めてのお給料は千円札一枚でした(笑)。
 徐々に要領を覚えて、いただける金額も増えていきましたが、「世の中は一円稼ぐのも大変なんだ」というお金を稼ぐことの大変さ、難しさを、このときに学びましたね。

姉と弁当持参で通った 工場の箱詰めバイト

 次に働いたのは、近所の工場です。作詞や作曲の勉強をしながらだったので、週に二、三回。学校が休みのときは集中して、姉とふたりでお弁当を持って通っていました。仕事内容は、ベルトコンベアーに乗って運ばれてくる冷凍ラビオリなどの箱詰め作業です。

相田翔子

 工場を選んだ理由は、人前に出るのが苦手だったからなんです。なので、仕事内容としては私に向いていたし、パートの方たちとのお喋りも楽しかったのですが、それでも仕事中にチラチラ時計を見ちゃったりして、「一時間」という時間の長さを知りました(笑)。

人前に出るのは苦手…… 接客時の苦い思い出

 通学途中にあるお惣菜屋さんや、高校二年生になってからはハンバーガーショップのアルバイトもしました。私は裏方を希望していたのですが、どうしても忙しいときには前に出なければならかったんです。お惣菜屋さんではコロッケやヒジキ、天ぷらといった商品の値段がなかなか覚えられなかったり、ハンバーガーショップでは、接客に緊張して手の上にまでソフトクリームを出してしまい、そのままお客様に出しちゃったりしたこともあります(笑)。バイト先は同い年くらいの人たちも多かったのですが、私は積極的にみんなの輪に入っていくというより、淡々と仕事に行って帰るというタイプでしたね。
 ……ハンバーガーショップには物凄いイケメンの男の子もいたのですが、恥ずかしくて挨拶しかできませんでした(笑)。

スターたちからのカラーバイトルユーザーへの熱烈&応援メッセージはこちら!きっと、きっと、あなたの元気になる!ヒントになる!ぜひ、ご覧ください。
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