パスピエ インタビュー - 激的アルバイトーーク!│求人情報ならアルバイト・パートのバイトル

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パスピエ インタビュー - 激的アルバイトーーク!

日本最大級のアルバイト求人情報サイト“バイトル”と激ロックによる“激的アルバイトーーク!”の今回のゲストは、挑戦的なバンドの姿勢を見せるニュー・ミニ・アルバム『OTONARIさん』をリリースし、現在ツアー真っ最中のパスピエから、大胡田なつきと成田ハネダが登場。成田は大学で音楽を学んでいただけあって、ピアノという得意分野を活かした仕事をしつつ、アルバイト情報誌を見ながら様々な仕事も経験したそう。一方の大胡田は、とてもマイペースなバイト選びで、それぞれのキャラクターが出たアルバイト話をしてくれた。学生時代についてや、やってみたかったアルバイトについても訊いてみた。

パスピエ

Profile

メンバー:大胡田 なつき(Vo) 成田 ハネダ(Key)

バイトとバンド活動の両立は苦しくはなかった
もっと音楽を頑張りたいっていうハングリー精神が芽生えました(成田)

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-最初のアルバイトは、いつごろ、どんな仕事でしたか。

大胡田:私は高校を卒業して東京に来てからしたのが最初でしたね。通っていた学校から歩いてすぐのところに、精肉店と併設された高級焼肉店がありまして。スクールの人たちや知り合いがだいたいそこでバイトしていたんです。私は当時バイトをしてなかったんですけど、“経験として、バイトした方がいいよ”とか“飲食店とかで働いてみた方がいい”って言われて。なんとなく、やってみようかなと思って始めましたね。

-では、最初はそんなに働く気もなく(笑)?

大胡田:ダメな奴みたいですね(笑)。でも当時は親のお金で生きていたので。

成田:はははは(笑)。

大胡田:周りの友達を見ていても、やっぱりアルバイトはするべきなんだろうなって思いまして。結果的には、やってよかったです。

-成田さんは、どういったアルバイトが最初ですか。

成田:高校を卒業して、なんとなく音楽の仕事に就きたいなというのは思っていて。コンサート・スタッフの派遣のアルバイトをしました。例えば、武道館や東京ドームとかで、席案内をしたりとか。あとは、設営や数万席にチラシを置く作業とかもありましたね。“バイト!”とか“派遣!”って呼ばれながらやってましたけど(笑)。そのとき、こういう人たちのもとでステージが成り立っているんだなというのを感じて。余計に、いつか自分もこういうところで音楽ができるようになりたいなという想いも芽生えましたね。

-成田さんは東京藝術大学で音楽を学んでいましたよね。そういったことでプレイヤーとして何か仕事をすることもありましたか。

成田:自分でピアノを教えるとか、あとはバイトと言っていいのかわからないですけど、友達づてで“今度、こういう仕事があるんだけどやる?”って依頼を貰って、結婚式とかで演奏させていただくこともやっていましたね。音楽の道に関係することで、ためになるようなバイトができたらいいなと思っていたので、そういう活動をしました。

-大胡田さんは、焼肉屋さんの他にも何かしましたか。

大胡田:私も派遣に登録して、一度だけ行きました。でも、お給料を貰いに行く手続きや連絡を手間に感じてしまって、1回きりで辞めてしまったんです。そのときのお給料も貰いにいかずじまいで(笑)。

-どんな仕事だったんですか。

大胡田:それは、工場でしおりを作るみたいな感じのバイトだったんです。シールを貼る作業で。そういう作業がすっごく好きなんです。1日中楽しくて、“最高! バイトが毎回これだったらいいのに”って思ったくらいだったんですが、先ほどの話のとおり辞めてしまって……アルバイトの形態にも向き不向きがありますね。

-アルバイトは東京に来てからということでしたが、高校時代はどういう生活をしていましたか。

大胡田:高校時代は、バンドはやってました。でも学生同士でとかではなくて、音楽好きなお兄さんとか、おじさんとかとなんですけど。あとは、絵を描いたり、本をよく読んでいましたかね。部活は、ひと月だけ写真部にいました。

成田:それは、部活をやったって言えるのかな(笑)。

大胡田:ひと月で一応、現像まで終わったので、そこまでわかったしいいかなっていう。

-そういったことも、今の表現活動には繋がりそうな感じですね。

大胡田:そうですね、良かったです。今は、デジタルなのでフィルムで写真を撮ったりはしないですけど。写真を撮る、画角を考えるのとかはわりと好きなんですよね。絵を描くことにも繋がってくるというか。

-大胡田さんはパスピエのアートワークをすべて手掛けてきていますが、絵についてはどこかで学んでいたんですか。

大胡田:学校には行ってないんですけど、父親と母親も趣味でたまに絵を描いていて。親に教わった感じですかね。

-音楽もそうした家族の影響はありますか?

大胡田:実家がピアノ教室なので、ピアノをやってはいたんですけど、ちゃんと歌を始めたのはたぶん成田さんと会ったときくらいからだと思いますね。それまでは、バンドでピアノを弾きながら作詞作曲をやっていたんですけど。ヴォーカリストをやろうとかは思っていなくて。何かを表現できる人になりたいなということだけ考えていました。パスピエに入って、(ヴォーカリストを)やろうと思い始めたんです。

-学生時代にはクラスメイトや友人と遊ぶことっていうのは少なかったんですか。

大胡田:高校のころは、わりと進学校というか、そういうクラスで、大学に行かないのは私くらいだったんです(笑)。私、浅い付き合いはできるんですけど、誰かとずっと仲良くするとか、誰かとずっと関係するというのがあまり得意ではなくて。今も、バンド・メンバー含めても10人いないくらいなんですよね。ひとりでいることが好きで、ひとりで過ごすことは多かったです。

-そのひとりで過ごす時間で、絵を描いたり?

大胡田:だいたい頭の中で、ひとりで楽しんでいたりしますね。小さいころから自分の頭の中に街を作っていて、そこで遊んだりというのが好きだったんです。もちろん、外で鬼ごっことかもして遊びましたけどね(笑)。

-そういった想像力の世界が、今のパスピエの歌詞の世界やアートワークの世界観にも通じているのかもしれないですね。

大胡田:それはあると思いますね。

バイトはお金だけじゃなくて、経験値も稼げるもの アルバイトで何かについて考えたりとか、見つけたりしてほしいなと思います(大胡田)

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-成田さんは、他にどんなアルバイトをしましたか。

成田:バンドマンや役者さんにはあるあるですけど、コールセンターでもやりました。シフトの融通が利くからっていうのもあったのと、それまでは音楽とかわりとユルいところにしかいなかったので、ちゃんと人と接することができるようにというか。コールセンターは、受け答えとかにいろんなマニュアルがあるんですよ。敬語もそこで勉強しましたね。それは、2年とか3年やってました。

-大胡田さんは、アルバイトでの経験で今に繋がっていることはありますか。

大胡田:人にちょっと優しくなれた気がします。例えば飲食店に行っても、店員さんを見て、今忙しいしな、オーダーとか急がなくてもいいよとか思うようになりました。自分も経験したから、大変なのはわかるので。相手の気持ちを考えるようになったというか。

-飲食店ではお客さんとのコミュニケーションもありそうですが、そういう面ではどうですか。

大胡田:私、人と話すことがすごく苦手だったんですけど、5年間くらいそこで働いていて、次第に慣れたのかなという気もしますね。

-ふたりが出会ってパスピエを結成したころは、まだお互いにバイトをしてたんですよね。

大胡田:まだやってましたね。デビューしますよっていうときになって、あまりシフトの都合がつかないお店だったので、辞めちゃったんですけど。

成田:だからスタジオでバンドの練習をして、その流れでみんなでこのあとご飯でも食べに行くかっていうときも、“私、まかないがあるから大丈夫”っていうこともあった(笑)。

大胡田:そうだ(笑)。あのときはみんなバイトしてたよね。リハのあとにバイトに行ったり。

成田:うちのメンバーは結構、夜勤とかもしてましたからね。アマチュア時代はお金が出ていく一方ですから。スタジオ代だったり、楽器を買ったりとか、自分のやりたいことのためにお金を稼がなきゃっていうのはありましたね。僕も、少し時給がアップする土日に、“頑張ります”ってなるべく入ったりもしましたよ。

-バイトをしながらのバンド活動で、苦しいと感じたことはなかったですか。

成田:苦しいというのは、なかったと思います。趣味だった音楽が、ちゃんと仕事になったらより好きなことができるだろうなというので、もっと音楽を頑張りたいっていうハングリー精神が芽生えたのもありますしね。

-今やパスピエのアートワークなどすべてのビジュアルを手掛けているのが大胡田さんですが、パスピエとして活動を始めたときから大胡田さんのこの才能を活かそうというのはあったんですか。

成田:最初は思いつきですね。絵を描くのが好きというのはなんとなく知っていて、それこそバンドを結成したてのときは、自分たちでライヴのフライヤーも作らなきゃいけないので、そういうのを描いてもらったりしていたんです。

大胡田:最初は、パスピエ云々よりも、描きたいものを好きに描いていたので。でも徐々に、曲やバンドという存在に寄せていった感じでしたね。ちゃんと考えることを覚えたというか。

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-アルバイトとバンド活動を並行していって、いざ、音楽だけでも食べられるようになったときって、やはり喜びは大きかったんですか。

成田:そうですね。でも僕がバイトを辞めたときは、契約が決まったとかそういうタイミングではなくて、自分の退路を断とうじゃないですけど、デビューが決まる前に辞めていたんです。いついつまでに、デビューとかができなかったら……音楽を辞めたかはわからないですけど、何か違う道も考えなきゃなとは思っていました。

-では、夢を追い掛けたり、バンド活動などをしたりしながらアルバイトをしている方もいると思いますので、何かアドバイスがあればお願いします。

成田:何かしら全部、自分の身になっていると思うんです。それが僕らのように音楽をやっていこうとか考えている人たちは、時間の使い方が難しかったり、バイトをやればやるぶんだけ活動の時間も限られてきたりすると思うので。それがうまい具合に回っていけば、いい生活サイクルになるんじゃないかなと思いますね。

大胡田:(バイトは)お金だけじゃなくて、経験値も稼げるものだと思うので、アルバイトに行って働いて稼いで、というだけじゃなくて、そのなかでも何かについて考えたりとか、見つけたりしてほしいなと思いますね。せっかくのことですし。

-ちなみに、今思うと、こんなアルバイトをやってみたかったな、楽しそうだなというのはありますか。

大胡田:薬局とかで働いてみたかったですね、好きなんですよね、薬局。社割の恩恵みたいなのを受けてみたい(笑)。そういうの経験したことがないので。あとは、梱包とかもきっと好きですね。貼ったり、剥がしたりとか好きなんですよ。そういうのも興味あります。

-そういう何かを作る作業って、バンドでデモCDを作るのと似たような感じじゃないですか。

大胡田:そうですね、最初のころはやってました。自分たちでCDを焼いて、歌詞カードと描いたジャケットを入れて、売るっていう。そういえば、そのときからジャケットは自分で描いてましたね。

成田:僕は飲食系のバイトをしたことなかったので……。

大胡田:絶対接客とかやってほしい!

成田:“接客とかやったことがないから冷たいんだよ”とかよく言われるので(笑)。人に優しくなるためにも、接客とか飲食店はやった方がいいよとはよく言われてましたね。でも、自分で向いてないとわかっていたので、やってないですけど(笑)。

インタビュアー:吉羽 さおり
Photo by ゆうばひかり

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