G-FREAK FACTORY インタビュー - 激的アルバイトーーク!│求人情報ならアルバイト・パートのバイトル

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G-FREAK FACTORYインタビュー - 激的アルバイトーーク!

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経験から生まれた言葉には、強い説得力がある。群馬県出身/在住のバンドとして異彩を放つG-FREAK FACTORYは、その深い詞世界にも定評があるが、これはひとえにフロントマン 茂木洋晃の辿ってきた人生そのものから切り出されたものだと言えるはず。ここではそんな茂木の劇的すぎるアルバイト経験を、日本最大級のアルバイト求人情報サイト“バイトル”と激ロックによる“激的アルバイトーーク!”企画のドリームバイトとして選ばれた石川雄規さんにご協力をいただきながら掘り下げていきたい。衝撃のエピソードと、含蓄のありすぎる言葉の数々……。この記事の中に詰め込まれているメッセージから、果たしてあなたは何を感じるだろうか。これは人生について考えるいいきっかけにもなりそうだ。

BRADIO

Profile

メンバー:茂木 洋晃(Vo)

今やっていることは、何年か先の明日に返ってくる。気長にいこうぜ!

茂木 洋晃

-茂木さんが初めて経験されたのは、どのようなバイトだったのでしょうか? 今回はそこから教えてください。

茂木それが、僕は日本でのアルバイト経験はないんですよ。何回か居酒屋で日雇いみたいなお手伝いをちょっとだけしたことはあるんですけど、それ以外だと僕は4年くらいアメリカに行っていたことがあるので、そこでバイトをしたことがあります。

-そのアメリカ行きは、そもそもいつ何を目的にされてのことだったのでしょう?

茂木目的は特になかったんですよね。しかも、英語もまったく喋れないような状態だったのに、高校を卒業した時点ですぐロサンゼルスに行っちゃったっていう(笑)。僕はNOFXというアメリカのバンドが大好きだったので、なんとなく“行っちまえ!”という完全なノリでしたね。そして、現地では日本人向けの商品を揃えたレンタルビデオ屋さんでずっとバイトをしていました。そこはレンタルだけじゃなくて販売もしていたので、時にはお客さんにビデオの内容をひざまずきながら詳しく丁寧にプレゼンして。お客さんにちゃんと買ってもらえると、そのぶんのマージンが自分に入ってきたりもしていたので、バイトですけど僕は意外と稼げていたんですよ(笑)。なかなかやり甲斐のある仕事でしたね。

-当時は未成年でいらしたわけですし、英語も堪能ではなかったとなると、親御さんから心配をされたり、行くこと自体を止められたりするようなことはなかったのですか?

茂木たぶん、“どうせすぐ、音を上げて帰ってくるよ”と思われていたんじゃないでしょうか(笑)。

-現地での住居確保は、最初どうされたのですか?

茂木最初は、語学学校に行きながらしばらくホスト・ファミリーのところでお世話になっていました。そのあとは奇跡的に運良く現地の大学に入学することができて、なんとか卒業できたんですよ。ただ、向こうでは結構いろんなことがありましたね。実は、住んでいた家が火事になってしまったことがあってあれは大変でした。

-えぇっ! どういうことですか?

茂木そのときはすでにホスト・ファミリーのところからは独立して、アパートを借りていたんですね。でも、今から20年くらい前の現地では日本人差別みたいなものが根深くあったりしたんですよ。今とは違って円高で嫉まれていた、っていうのもあったし。それで、あれはロス暴動(※1992年に起きたロサンゼルス暴動)が終わったくらいの時期かな。いきなり僕の部屋が火事になって、どうやら放火をされてしまったらしいんです。結果、そのときの経験がのちのちバンドで人種差別や社会問題について歌っていく大きなきっかけにもなりました。向こうにいた間はそうやって日本人であるというコンプレックスを感じることも多かったし、語学学校や大学で勉強するだけじゃなく、バイトも含め、様々な経験をしながら英語を身につけていくことになったんですけど、あの4年間で僕は人とのコミュニケーションの取り方や、自分の中にあるコンプレックスをどうプライドに変えていくか、ということを学べた気がします。

茂木 洋晃

-ちなみに、その事件のあとに茂木さんはどのような展開を迎えられたのでしょう?

茂木パスポートも燃えちゃったし、すべてを失って途方に暮れましたよ。でも、そんなときにバイト先であるレンタルビデオ屋さんの日系ハーフのオーナーが、僕を助けてくれました。お店にシャワーがあったので、“ここで寝泊まりしていいよ”って言ってくれて、食事はまかないを食べさせてくれたので、あれは本当にありがたかったです。

-それは幸いでしたね。ただ、20年前だとインターネットも今現在のようには普及していませんでしたから、パスポートの再発行なども大変だったのではないですか?

茂木そうなんですよ! 当時は書類を日本とやりとりするにしても、国際郵便かFAXを使うしかなかったですし、日本に電話をかけようと思ったらテレホンカードを使う公衆電話しかなかったので、あれにもバカみたいにすごいお金がかかりました。当時120ドルの(テレホン)カードが、話し出すと瞬く間になくなっちゃいますから(笑)。結局、パスポートの再発行までに半年くらいかかりましたよ。

-今やスマホとアプリで多くの国との無料通話が可能なことを思うと、時代はだいぶ変わりましたね。

茂木ロサンゼルスの治安も、今と20年前とでは大違いですよ。火事のこともそうだけど、僕は(レンタル)ビデオ屋さんの隣にあったビリヤード場で発砲事件に出くわしたこともあります。キューで球を突こうとした瞬間“伏せろ!”っていう大声を誰かが発して、パパパン! って銃声が鳴り響きました。

-なんとまぁ……大変不謹慎ではありますが、そんな光景は映画や海外ドラマの中でしか観たことがありません。

茂木いわゆるギャングスターが、お店に乱入してきた感じでしたね。威嚇射撃だったのか、けが人とかは出ないで済んだみたいなんですけど。

-“ギャングスター”というのも、ほぼヒップホップ文化の中でしか聴いたことがない言葉ですよ。

茂木いやいや、これホントの話ですから(笑)。

石川……驚きしかないです。すごい経験をされてるんですね。

やりたいことがあるのに、仕事があってうまく回らない”ということを言い訳にしない

茂木 洋晃

-というわけで、思わず本音が出てしまったようですが(笑)、ここにいらっしゃる石川雄規さんは本日のドリームバイトでインタビューをしてくださる現役大学生さんとなります。せっかくですので、ここからは彼にバトンタッチしてインタビューを続行していただこうと思います。それではどうぞ。

石川石川です。今日はよろしくお願いします!

茂木初めまして。石川君は何歳なの?

石川23歳です。

茂木ってことは、ネットがあって当たり前のアフターインターネットな人だな。今日はどんな質問を持ってきてくれたんだろう?

石川まずは、茂木さんが音楽活動を始められたきっかけを教えてください。

茂木高校生のときにもバンドはやっていたことがあるんだけど、本格的に始めたのは日本に帰ってきてからだね。パンク・ロックとレゲエが大好きで、自分でも曲を作るようになって、曲ができたら人に聴いてもらいたくなるし、“じゃあ、ライヴをしよう”ってなったあと、今度はCDも出したいよねという気持ちが出てきて、作ったからにはツアーもしたい、っていうすべては連鎖的に繋がっていったんですよ。ただ、バンドを始めた当初はそれだけでどうにかなるわけでもないので、僕は実家の仕事を手伝いながらそれに必要な資格も全部とって両立してました。

石川音楽と仕事を両立させるのは大変じゃなかったですか?

茂木そりゃ大変だよ。だけど、大事なのは仕事をやってようが“とにかくいい音楽を作って、いいライヴをやれよ”っていう話だからね。と同時に、仕事の場では僕がバンドをやってようが、そんなことはまったく関係ないわけでしょ。そういう意味で“仕事があるから、やりたいことを思うようにできない”とか、“やりたいことがあるのに、仕事があってうまく回らない”ということを言い訳にしないようにする、っていうことを僕は意識するようにしてたな。

石川それから、G-FREAK FACTORYの楽曲は歌詞にとても深い意味が込められているものが多くて大好きなんですが、茂木さんはいつも歌詞をどんなところから発想して作詞しているのか教えてください。

茂木 洋晃

茂木基本的には、時間に追われまくって書いていることが多いです(笑)。それと、机に向かって書こうと思って始めても、いきなり思い浮かんでくるものではないから、普段の生活の中で“おっ、これは!”と気になったことをそのたびにメモしておいて、そこから詞の世界を広げていくようなやり方をしてます。

石川社会問題などについて歌うようになったのは、アメリカに行ったことがきっかけだったということでしたが、今もいろいろとアンテナを張っているということですか?

茂木忙しいと、アンテナが鈍くなってしまったりすることもあるけどさ。でも、僕は今の日本で歌を歌い主張していくことがすごく重要なことだと、ひとりで勝手にだけど思ってる。自然災害もそうだし、今っていろいろなことが狂ってきてるでしょ。それをどこかではわかりつつも、なんとなくやり過ごすしかないよね、となってしまっている世の中に対して、“いやそうじゃなくて。そこにどう立ち向かって準備をしていくのかを考えようぜ!”っていう闘いのマインドを持たないとダメだな、と思うんですよ。東北でのあの震災以降、その意識はより高まったよね。

石川なるほど。そんな茂木さんが、ここまで活動を続けてこられた中で最も苦労したのはどんなことでしたか。

茂木それはいっぱいあるよ。バンドを続けられなくなってしまいそうなタイミングなんていくつもあったし、曲がどうやっても出てこない、書けなくなってしまったみたいな時期もあったから、冷静に考えたら今だって“よくやれているな”と思うときがたまにあるもん。とはいえ、その都度その都度曲に救われるんだよね。苦労しながらでもやっていい曲ができたら、その曲がライヴでどう育っていくか、どう受け入れられていくかを見続けていきたいじゃん。その気持ちありきで、なんとかここまで続けて来られたんじゃないかなぁ。

石川ライヴといえば、今年も9月22日と23日にG-FREAK FACTORYの地元である群馬で“山人音楽祭 2018”が開催されることになっていますよね。もちろん、僕も観に行こうと思っているのですが、そこに向けた意気込みをぜひ聞かせてください。

茂木本当なら2デイズでも足りないくらい呼びたい仲間がたくさんいるんだけど、今年もまた群馬でこのイベントをできることが嬉しいね。ある意味、これもアメリカでの経験が生きているものでローカル・プライドというのかな。日本人としてのジャパニズムであるとか、郷土愛とか、そこを大事にしたくて始めたものなんですよ。決して便利な場所ではないけど、とにかくあの場所でやることに意味があるものなので、今年も充実した2日間にしたいと思ってます。楽しみにしててな。待ってるぜ!

石川いつもG-FREAK FACTORYのライヴを観ていると“熱くてカッコいいな!”ってすごく感じますし、気持ちがガンガン伝わってくるところが最高なんですけど、茂木さんはステージでどんなことを考えながら歌っていることが多いんでしょうか。

茂木何も考えてないよ。というか、考えてはいるんだろうけど覚えてない。場合によっては、ちょっとしたトランス状態になっているのかもね。ちゃんと覚えているのは、お客さんたちの表情だけ。だから、結局はいつも出たとこ勝負になってます。

石川じゃあ、MCとかもその場で?

茂木あらかじめ準備したり、打ち合せをしておくことはほとんどないね。なんなら、雰囲気によってはMCがないライヴっていうのも俺はアリだと思うし。もしくは、MCだけしかしないライヴっていうのも今度やってみようか?

茂木 洋晃

石川あははは(笑)。トーク・ライヴになっちゃいますねぇ!

茂木そうだね(笑)。他にも何か訊きたいことがあったらなんでもどうぞ。

石川音楽とは全然関係ない話なんですけど、僕は就活が終わって来年から新社会人になる予定です。そういうこれからを担っていく今の若者に対して、“こうあってほしい”というメッセージはありますか。

茂木すぐにできそうなことでいえば、3分の1ルールを実践してみるといいかもね。すべての人に1日24時間が与えられてるとして、3等分すると8時間ずつになるでしょ。それをひとつ目は睡眠にあてるべきだろうし、もうひとつは新社会人であれば働いて納税する社会生活にあてるべきだよね? そして、あともうひとつの8時間。これをどう使っていくかで、人間力が大きく変わってくるんじゃないかと僕は思ってる。ところが、この8時間を確保するのが意外と難しいんだよ。だから、1回そこを記録してみたことがあるのね。自分が何をしたのか、日々書き出してみたわけ。

石川どういう結果が出たんですか?

茂木時間を無駄にしているつもりはないにせよ、もっと削れたらいいのになという時間が結構あるのに気がついたね。例えば移動時間とか。あるいは、“この時間を他のことに使えていたらもっと効率的だったのにな”ということが明確にわかるようになったよ。これを20代でやり始めたら、きっといろんなことができるようになるんじゃないかな。俺なんかは、睡眠時間平均3時間まで圧縮しても時間が全然足りないけど。要は、1日1時間でも作曲の時間をとることができれば1週間で7時間。月でいったら28時間もとれることになる。20代からそういう時間の使い方をしてたら、俺も今よりもっと充実した人生になってた気がするよ(笑)。

石川今からやってみた方が良さそうですね。試してみます!

茂木あとね、もっと本質的なことで言えば、人間の営みというものをもっとみんなが重んじていくような社会になっていくといいかもね。それこそ、今はインターネットがあるから情報を得るのはとても簡単だけど、そこにいかなきゃわからないことってたくさんあるんだよ。ライヴだってそうじゃない? ネットなどでいくらでも動画は観られるけど、実際にライヴに行ったときに感じる熱は絶対そこにしかないものでしょ?

石川そうですね。本当にそう思います。

茂木直接対面したときの人間の表情とか、温度とか。それを自分から拾いに行くことを、積極的にしていった方が肌身で得られるものは多いと思うよ。タイムラインに流れてくるものを待っているだけじゃ、わからないことが世の中にはいっぱいあるからね。

茂木 洋晃

石川深い話ですね。深い話ついでに、もうひとつ聞かせてください。茂木さんは、人ってなんのために生きていると思っていますか。

茂木おぉ。すげーとこきたな(笑)。なんのためか……君はどう考えてるの?

石川就職活動をしていたときに、“自分は本当は何をやりたいんだろう”というところから、なんのために生きるんだろうというところまで行き着いてしまったんですよ。でも、まだその答えは見つかってないです。

茂木そうね。だったら、誰かのためになることをしていけば、それは必ず自分に返ってくるんじゃない? 例えばそうだな、石川君はもう就活が終わったんだよね? もし、時間があるなら、今だったら広島とか岡山に行ってみたらいいと思う。

石川豪雨の被災地ですね。

茂木この間、(広島に)行ってきたんだよ。人は生かされてるものなんだな、って俺は改めて感じた。試練を与えられながらも、たまに喜びという名のご褒美を貰いながら生きていくように設定されてるんじゃないかな、と思うね。そして、どんな状況にあったとしても、最後の最後は“張り切ってこうぜ!”ってなるしかない。しかも、今やっていることの結果は今日明日にすぐ出るもんでもないんだよ。

石川それはどういう意味なんでしょうか?

茂木すぐに結果が出ることも中にはあるけど、時間が経ってから結果に繋がることも結構あるよねっていう意味。つまり、今が納得いかない状態なんだとしたら、それは過去の自分がもっと頑張っていたら違ったんじゃないの? っていうことだね。俺なんて、今の石川君と同じ23歳のときアメリカで散々な目にあってたのにさ。それでも、今はこうしてなんとか音楽ができてる。今やっていることは、何年か先の明日に返ってくるんだよ。だから、気長にいこうぜ!

インタビュアー:杉江 由紀 Photo by 上溝恭香

 

 

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