マカロニえんぴつ インタビュー - 激的アルバイトーーク!|バイト

日本最大級のアルバイト求人情報サイト“バイトル”とSkream!による企画“激的アルバイトーーク!”の今回のゲストは、マカロニえんぴつのフロントマン、はっとり。2012年に音大の仲間で結成したマカロニえんぴつは、耳に残るキャッチーでフレンドリー(で、シニカル)な歌と、シンプルでいて洗練されたサウンドでファンの裾野を広げており、フェスやイベント、多彩なバンドのツアー・ゲストに呼ばれるなど、そのポップ・センスで四方八方にマカロック・アディクトを増やしているバンドだ。9月にはニュー・ミニ・アルバム『season』をリリースし、10月よりワンマン・ツアーを開催と、さらに勢いづいているが、そんな彼が学生時代をどんなふうに過ごし、どんなアルバイトをしてきたのか話を訊いた。今回はマカロニえんぴつにインタビューをするドリームバイト企画に選ばれた大学生、西川沙里さんもSkream!編集部員として取材に参加して、質問をぶつけてもらった。

Non Stop Rabbit

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メンバー:はっとり(Vo/Gt)

-初めてのアルバイトはどんな仕事でしたか?

はっとり高校時代は、学校でバイト禁止だったんですけど、卒業間近でバンドの機材が欲しいというので隠れてバイトをしたのが最初でしたね。短期のバイトだったんですけど、工場でクリスマスケーキのイチゴを乗せるバイトをしてました(笑)。結局、給料明細が家に届いたことで親にバレて、めちゃくちゃ怒られましたね。

-家族にも内緒だったんですね。その欲しかった機材は買えたんですか?

はっとりそうですね。エフェクターとかだったと思うんですけど、それが買えるだけの出勤期間でやっていたんです。でも、きつかったですね。しかも、泊まり込みでやっていたんです。高校3年生で長い休み期間だったので、友達の家に泊まりにいくみたいな適当な口実をつけて、工場に泊まって朝から晩まで働くというのを5日間くらいやっていたのかな? その寝る部屋が暗かったんですよね。布団とかもなくて床でごろ寝する感じで。

-“バイトってこういうものなのか?”っていう感じですね。

はっとり最初のバイトがそれだったので(笑)。その次のバイトは大学で上京してからで、カラオケ屋のアルバイトをしてました。大学1年生から3年生くらいまでやっていましたね。でも、時給が全然上がらなかったんです。テストみたいなのを受ければ昇給できたんですけど、面倒臭くて申請をしないまま最低時給で頑張ってました。

-掛け持ちしてバイトをするような感じではなかったんですね。

はっとり大学時代はそのバイトしかやってなかったですね。卒業してからはクリーニング屋さんのバイトをしてました。それも高校生以来の、久々の工場勤務で(笑)。神奈川一帯にあるチェーンのクリーニング店だったんですけど、お店で受け取った洗い物が工場に運ばれてくるんです。パートのおばちゃんと一緒にデッカい洗濯機回して、アイロンかけてとか流れ作業でやっていくんですけど、それはなかなかきつかったですね。でも、シフトの融通が利いたんです。普通のバイトって、ひと月前にシフトを出さなきゃいけないことが多いんですけど、そこは工場長が優しいところで、1週間前でいいよっていうところだったんですよ。

-バンド活動ともうまく両立できそうですね。

はっとりバンドがやりやすいなと思って選びました。すごくお世話になりましたね。バンドマンって、朝まで打ち上げとかするじゃないですか。それで始発で家に帰って、バイトは9時出勤なんですよね。行きたくないなっていう日が多すぎて、特に打ち上げで朝帰りした日は、“今日は行けません”ってメールを入れて。それでも工場長が許してくれたんですよね。“ちゃんと休めよ”って言ってくれて。その優しさに甘えて、ずっと働かせてもらっていました。

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-職場では、パートのおばちゃんと一緒になることが多かったんですか?

はっとり若い人は、俺ともうひとりくらいでしたね。その人は、ふたつ上の画家のお兄さんでした。おばちゃんって、そういう夢追い人に優しいんですよ。それでかわいがってもらいましたね。テレビに出たときは、“録画して観たよ”って言ってくれたりして。工場では音楽が流れているんですけど、“流すからバンドのCD持ってきなよ”ってずっと言われていたんです。さすがに仕事中に自分の曲は絶対に聴きたくないなっていうので、“今度持ってきます”って言って結局持っていかなかったですけど。

-その工場では、はっとりさんは具体的にどんなところを担当していたんですか?

はっとりアイロンとかが多かったですね。ボディの形をした専用アイロンで、機械でできるんですけど。ひたすら流れてきたワイシャツとかにアイロンを掛けて、それをハンガーに掛けて次の工程に流してっていう感じでしたね。ポジションごとにやることは違うんですけど、僕は結構“ボディ”に入ることが多かったですね。長くいたので、どのパートに入っても速かったです。特に“ボディ”に関してはめちゃくちゃ早かったから重宝されてました。でも、ベテランのおばちゃんには勝てなかったですね。

-そこはキャリアが違いますから(笑)。

はっとり18年やってるおばちゃんとかいるんですよ。僕、本名が河野なんですけど、“河野君遅いよ~”ってずっと言われてました。だいぶ速いほうなんですけどね。おばちゃんが速すぎるだけで。だから、ライバルでしたね。

-仕事に入ると、“楽しんでやろう”という感じですか?

はっとり無心でできるのが良かったです。その前にやっていたカラオケでは接客をしていたんですけど、俺向いてないなと思って。気疲れするというか。クリーニングの工場勤務は、時間が経つのも早かったんですよね。ただ、夏場が地獄なんです。暑さがすごいし、アイロンとかの熱もあるからこもるんですよ。気休め程度の送風機みたいなやつがセクションごとにあるんですけど、ぬるい風しか来ないんですよね。夏場は、1日で2リットルのペットボトルの水を余裕で飲んでました。あれはきつかったな。でもわりと最近までやっていたんですよ。去年までやっていたので。

-そうだったんですね。

はっとり辞めるときも、良くないなと思うんですけど、あれだけ世話になったのに、シフトを出さなくなって、ぬるっと辞めちゃったんです。最後は挨拶に行くべきだったなと思いながら、なんとなく行かなくなって早半年以上で、すごく心残りではあります。今も0円の給料明細の通知がメールで毎月送られてくるので、“あ、除名されてないんだな”って思うんですけどね(笑)。

-今はいろんなところでバンドを目にする機会もあるでしょうから、“頑張っているんだな”って思ってくれているんじゃないですかね。

はっとり見てくれていたらいいんですけどね。

-ではそのバイト時代は、昼間働いて、夜にスタジオに入ってという生活ですか。

はっとりそうですね、帰って家で作業をするとかも多かったですね。ただ、本当に疲れていたので、音楽の作業が手につかずに疲れて寝ちゃうとかもありました。夜中に起きてそこから作業をして、また朝早く出かけてっていう悪循環でしたね。

-早くこの状況から抜け出したいっていう。

はっとりそれはありましたね。

-いろんなバイトをしてきて、印象的だったことはありますか?

はっとりカラオケは酔っ払いの相手が大変でしたね。でも、経験として接客業をやっていたのは良かったなと思います。自分がお客さんとしてどこかのお店を利用したときに、されて嫌なことがわかっているから。飲み散らかした片付けとかが一番ダルかったですけど、たまにテーブルにまとめてくれている人とかがいると、すげぇ優しいなと思って嬉しかった覚えがありますね。ただカラオケのときは、バイトの先輩があまり好きではなかったです。カラオケ屋って、外に出て“カラオケどうですか”って声を掛ける仕事もあるんです。だいたい1時間交代なんですけど、寒い冬に2時間経っても、3時間経っても、“戻っていいよ”っていう連絡がなくて、“俺いつまでやるんですか”ってインカムで聞いたら“いいよ、戻って“みたいな感じで。“これいじめだろ”って、嫌な先輩がいたなぁっていう思い出があります。

好きなことだけをやれる環境を与えられるよりも
バイトがあることで、より本当にやりたいことに愛を注げる

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-人間関係はいろいろ学びがありそうですね。

はっとりそうなんですよね。いい人もいるんですよ。バンドをやっているお兄ちゃんがいたので、その人と話している休憩時間は好きでしたね。ただその人、メタルをしている人だったので、好きなバンドが被らなかったんです。俺がひたすら奥田民生の素晴らしさをその人に語っていた覚えがありますね。あまり食いついてなかったですけど。

-改めて学生時代のことも聞いていきたいのですが、“自分は音楽でやっていくぞ”という気持ちは、いつ頃芽生えたんですか?

はっとりバンドを始めたのは高校1年生ですけど、当時はそれで食っていこうとは考えていなくて、ただ楽しくてやっていたんです。でも、そのバンドが本気になってきて。高校3年間でひとつのバンドしかやってないんですけど、コピバンとかじゃなくて、最初からオリジナルのバンドだったんです。周りにもそういうバンドは多くなかったので。

-注目されそうですね。

はっとりミゲルというバンドだったんですけど、毎月地元の高校生イベントに出たり、自分たちが主催してライヴをやったりもしてました。田舎のライヴハウスの高校生イベントって、お客さんがすごく入るんです。みんな遊ぶ場所もないし、ライヴハウスに遊びにいくっていうのが特別なことだったみたいで。だからイベントも毎回パンパンで、それで、これは売れるなと勘違いしたんでしょうね(笑)。上京後もそのバンドでいきたかったんですけど、メンバーは就職も考えていたみたいで。ただ俺は、高2~高3あたりの頃はバンドの熱が高かったので勉強もほったらかしで、大学に行く気もなく、フリーターをしながら地元の山梨でバンド活動をしようと思っていたんです。でも親が、“大学は出ておいたほうがいいぞ”って言ってきて、父親が大学を探してくれたんですよ。音大なんですけど、“ロック&ポップスコース”というのがあって、バンドしながら大学卒業の肩書を持つことができるぞっていう。

-夢を後押ししてくれる、いいお父さんですね。

はっとり親父もずっと音楽をやっていてバンドマンだったので、親父の存在は大きかったですね。普通は、音大だし学費も高いし、そんなところに行けなんていう親はいないと思うんですけど、“いくらでも出すぞ”って言ってくれたので。母親は最後まで反対してましたけど、説得をしました。“ちゃんとそれでご飯を食べられるようになるんでしょうね?”、“いや、それがわからないのがバンドだよ”とか言いながら。そこカッコつけるところじゃないでしょって今は思いますけど。それで大学で組んだのが、マカロニえんぴつなんです。プロ志向で、“デビューするぞ”って意気込んで僕がかき集めたメンバーだったので、ひたすら頑張りましたね。ただ、バンドに本気になり始めたのは高校時代で、高校生イベントで勘違いしたのがきっかけではありました(笑)。

-なるほど。高校時代のバンドでも本気でやっていたし、ライヴハウスの人がよくしてくれた感じがありますね。

はっとりそうですね。高校生イベントにしか出れないバンドもいたんですけど、ブッキングしてくれた兄ちゃんが、ツアーを回っている大人のバンドのオープニング・アクトで入れてくれたりもしたんです。グッドモーニングアメリカのインディーズ時代、2010年の『空ばかり見ていた』というミニ・アルバムのツアーのときに、“すげぇバンドが来るからお前らオープニング・アクトにしてやるよ”って言って、高校時代にグドモ(グッドモーニングアメリカ)と対バンしてました。たなしん(Ba/Cho)さんが、ミゲルのライヴを観てえらく気に入って、“ミゲルー! ミゲル最高ー!”ってあの感じで、MCで言ってくれて(笑)。“なんていい人なんだ!”っていう。

-すごくいい体験じゃないですか。

はっとりその2~3年後にグドモがメジャー・デビューしたんですよね。それ以降、ちゃんとお話ししたことがないんですよ。フェスのバックヤードとかで見掛けたことはあるんですけど。

-“あのときのミゲルです”とは言ってないんですね(笑)。こうして自分がちゃんとバンドとしてデビューをして、フェスで会えるっていうのはすごく嬉しいことですよね。

はっとり続けているといいことがあるなって思うことが、最近はすごく多くて。ミゲルというバンドは終わったけど、バンドはずっと続けてきたから、最近になっていい巡り合わせとかが多かったなと思います。

-マカロニえんぴつを結成して、大学時代はどういう活動をしていたんですか?

はっとり大学内にもライヴハウスがあって、学生は定期的にそこで演奏を披露できたんです。年に数回しかない学内のライヴのためだけにやっている人もいたんですけど、それではまったく意味がないと思っていたので、外で揉まれて強くなろうとライヴハウスで月に2、3本はやってましたね。新宿や下北沢のライヴハウスが多かったです。デビュー前は新宿だとMarbleというライヴハウスにすごくお世話になって、下北沢だとMOSAiCやReG。その3つは頻繁に出てましたね。遠征をしたのは、デビューしてからなのかな。学生時代にデビューしたんですけど、その頃に初めて大阪に行ったくらいですね。

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-それは、呼んでもらえた感じですか? それとも自分たちでブッキングをしてですか?

はっとり所属していた事務所のマネージャーが取り合ってくれて、“行ってこい”という感じでした。と言ってもド新人だったので、自分たちでレンタカーを借りて機材を積んで、しばらくは自分たちだけで遠征をしていましたね。でも、すごく楽しかった。

-バンドの活動費は、持ち寄りみたいな感じですかね。

はっとりバンドの金庫があって、その中でやりくりしていました。でも、ツアーとかをやると、交通費とかガソリン代、レンタル代で結構すぐに飛んでしまうんです。だからみんなバイトをしながら、いくらか金庫に入れていって、なんとかやりくりしてました。

-バンドだとデモ作りとかも自分たちでやりますよね。

はっとりデビュー前は自分たちでデモ音源を作っていたんですけど、そのお金は大学の設備で作れたんです。それは助かりましたね。大学で録った音源をライヴハウスで手売りしてました。3曲入り500円とかだったかな。大して売れなかったんですけどね。でも、今メルカリで高額で売られているんです。家に結構あるので、困ったら売ればいいのかなって思って(笑)。

-大学時代、同じようにバンドをやっていて、ライバルのような関係性のバンドもいたんですか?

はっとりライヴハウスでガンガンやっているバンドは、同期ではいなくて。今マカロニえんぴつでサポート・ドラムをやってくれているたかうらみつたかは、大学の後輩なんですけど、彼が在学中にやっていたTEDDYっていうバンドが、在学中からライヴハウスに出たり、遠征もしたりを一番していたんです。自分たちだけでバリバリやってる感じがあって、そういう後輩に当時すげぇなって影響受けて、意識はしてましたね。

-音大というと、やはり音楽を学びにいくという姿勢の方が多いんですね。

はっとりそうですね。大学では曲作りの面ですごいなっていう人が多かったんです。僕は、高校時代から宅録をやっていたんですけど、当時は宅録をやっているようなオタクなやつが周りにいなかったんですよね。でも、大学に入ったらざらにいて。自分よりも宅録のやり方がすごい人とか、いろんなアレンジのアイディアを持っている人が周りに多かったので刺激を受けましたね。ライヴに関しては、新宿Marbleとかに出て対バンしてるバンドに刺激を貰ってました。MCがうまい人もいましたしね。バイトの話じゃないですが、バンドもお客さんを増やすっていう意味では接客と言えば接客ですから。

-どう自分たちの音楽の良さ、バンドの良さを伝えるかみたいなところですね。

はっとり音楽だけ良くてもダメだし、MCだけ熱くてもダメだしというのは、当時から思っていたので。

-バイトをしていたこと、働いたことが、バンドに影響をしたこと、役立ったことはありましたか?

はっとり対人関係ですかね。特に先輩や年上の方と話すことに免疫はついたという感じです。もともと年上の人だと萎縮しちゃうというか、中学まで野球部で上下関係が厳しい部活だったので、年上の人と話すのに緊張してしまったんですけど、バイトだと年上の人が多いし、優しい人もいるんだなっていうか。ちゃんとそういう人と話したことがなかったから、勝手に苦手意識があったんでしょうね。

本も好きで読むんですけど、やっぱり経験には敵わない
自分の抱いたリアルな感情は、あとで聴いても嘘じゃないなって思える

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-たしかに部活の先輩とは違いますしね。

はっとりコミュニケーション能力は、多少培われた気がします。あとは、安いカラオケ屋を探すのは得意(笑)。

-高校時代からバンドの企画イベントなどもやっていたんですよね。となると、社交性はものすごく高そうですけど。

はっとり高校時代は他のメンバーがそういうことをやってくれていたんです。高校生とかって、一致団結して何かをやるのが好きじゃないですか。だから、俺ひとりの負担とか、俺が企画を考えてというのではなかったんですよね。自分が中心になったのは、マカロニえんぴつからです。だから、マカロニえんぴつでは最初企画とかもなかなかできなくて、どうライヴハウスの人に取り合ったらいいんだろうっていうのがありました。他のメンバーも当時そんなに社交的ではなかったので、当初は企画ライヴが一向にできなかったんです。他のバンドはリリース・イベントとかやってるのに、“あれってどうやるんだろう?”っていう(笑)。初の企画が、新宿にある真昼の月 夜の太陽っていうライヴハウスだったんですけど。2013年だったかな。すごく優しい店長さんで、“やってみなよ”って言ってくれたんですよね。それを待ってましたという感じで、初めてできたんです。

-結構手探りでやっていたんですね。

はっとり最初はなかなか集客も増えなかったですね。ただ出演して、ノルマ払ってやるみたいな感じでした。

-そこらへんを変えようっていう意識はあったんですか?

はっとりそれまではブッキング・イベントは普通にやっていたんですけど、初めて“台風”というサーキット・イベントに出たんです。それがバンドとしてはいい経験になったんですよ。新宿Marbleとその隣の新宿MARZを行き来するサーキット・イベントなんですけど、同じ時間帯に隣でもライヴをやっていて、いろんなバンドが“ここを選んでくれてありがとう”ってMCをするとか、結構バチバチな感じで隣同士のライヴハウスでやっているのが斬新で。そのイベントに立ったとき、今までなかった感情が出てきたんですよね。MCで柄にもなく、俺も周りに影響されて熱いこと言っていたんですよ。そうしたらお客さんがわーっと盛り上がってくれて、そこから、MCもライヴの一部だっていうことを意識し始めて、お客さんを増やすことに貪欲になっていったかもしれないですね。

-ただステージでいい曲をやればいいわけではないなと。

はっとりそのときお世話になったMarbleのブッキングの人も、“今日のライヴは今までで一番良かったよ”と言ってくれたのも励みになったし、意識が変わっていったのは、そこからでしたね。

-思わぬところでスイッチが入りましたね。

はっとりきっかけはいろいろ散らばっているんですよね。それを見落とさず、キャッチしていかないと、見逃していたチャンスも多かったと思います。今振り返ると、あれがきっかけだったんだっていうポイントはたくさんあったんですけど、当時はがむしゃらにやっているだけだから後々になって気づくんですよね。でも、真剣にやってきて良かったなと思います。

-では、バイトをしていた頃のはっとりさんと同じように、働きながら夢を追い掛けている人に、はっとりさんからメッセージやアドバイスをお願いします。

はっとりたぶん本当にやりたいことがあるけど、お金が必要で生活のためにバイトをしている人は多いと思うんです。でも、それって好きなことだけをやれる環境を与えられるよりも、より本当にやりたいことに愛を注げるというか。バイトをやってる時間を無駄に感じることもあるんですけど、その反動で好きなことができたときに全力でやるし、時間を無駄にしないようにって思うんですよね。バイトの時間も裏を返せば大事な時間な気がします。今、バイトをしなくなったことで、好きなことに費やす時間が増えたんですけど、そうすると怠けてしまう場面も増えてきて、たまにバイト懐かしいなって感じますね。またやりたいとは思わないですけど。バイトをしていたときは、両方頑張っていたなって思います。

-とてもいいお話をありがとうございました。ではここからはドリームバイトの西川さんにバトンタッチします。

西川今日はよろしくお願いします。

はっとりお待たせしました。緊張しますよね。俺も今日緊張しすぎて早く来ちゃいました。なかなかこういう機会はないですよね。だからなんでも聞いてください。

西川はい、ありがとうございます。では早速最初の質問です。はっとりさんがお仕事をされるうえで信念としていることはありますか?

はっとり今は音楽を仕事にしているんですけど、必ず向こう側には人がいるということは忘れずにやっていますね。ライヴでは目の前にお客さんがいるから否が応でもそれは自覚することなんですけど、曲を作るとかしていると、自己満足のほうに寄っていっちゃう場面が結構あるんです。だから常に、それを聴いてくれるお客さんというのを頭の中で忘れないようにするというのは、心掛けていますね。

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西川ありがとうございます。では、次の質問です。マカロニえんぴつの歌詞というのは、ご自身の体験をもとにしていることが多いのでしょうか?

はっとりそうですね。僕の場合は、経験から湧いてくることが多いです。特にマカロニえんぴつは失恋の歌が多いんですけど、それは自分の経験から……といってもそれをノンフィクションで歌詞に落とし込むというよりは、そのときに思った自分の感情とか、あとは付き合っていた彼女がこう思っていたんだろうなって想像しながら書いた歌詞がほとんどなので、そういうことでは経験に基づいている曲が多いと思います。本も好きで読むんですけど、やっぱり経験には敵わないというか。自分の抱いたリアルな感情は、あとで聴いても嘘じゃないなって思うので。言葉の使い方は、文学とかに影響受けたりするんですけど、根っこにある感情の部分は、絶対に自分の体験から湧き出しているものにするように気をつけていますね。

西川なるほど、ありがとうございます。では、これまでとちょっと違った質問なんですが、お休みの日にはどんなことをして過ごしますか?

はっとり僕は出不精なので、家の中でYouTubeを見ていることが多いです。雨の日のほうが好きですね。晴れていると家にいることに罪悪感が芽生えるというか、本当は外に出たほうがいいんだろうなって思っちゃうんですよ。

西川たしかに、そうですね(笑)。

はっとりでも、雨だったら“みんなどうせ家にいるだろう”って思うので、雨が好きなんです。最近は、釣りを趣味にしようと思って釣り好きの後輩に教えてもらって、この間初めてバス釣りに行ったんですよ。これはいいきっかけだなって、今度そいつと釣り具を買いにいって、アウトドアのほうに趣味を移行していこうかなと思ってます。が、今のところはまだ計画段階なので、やっぱりYouTubeを観てることが多いですね。お笑い芸人のジャルジャルが好きで、ジャルジャルが毎日ネタを上げているのを観てます。

西川音楽のものは観ないんですか。

はっとり洋楽のライヴはよく観ますね。OASISのライヴとかを観ると、気持ちが大きくなるんですよ。ここに向けて頑張ろうって。思い悩むと、洋楽の、規模のすげぇデカいライヴ映像を観るんですよ。そうすると勇気が出るというか。ワールド・クラスを目指していかないとなって思うと、夢もあるしね。日本のフェスの動画だと、自分と近すぎて……これはうまく説明しづらいんですけど、あまり気晴らしにならないというか。劣等感だったり、悔しさだったりが出てきちゃうので。職業病ですけどね。日本の曲、特に同世代の曲とかもあまり聴かないかもしれない(笑)。

西川そうなんですか。

はっとりだからお笑いのチャンネルを観るとか、あとはラジオが大好きなのでラジオを聴いてます。

西川その他にご自身の中で流行っていることはありますか?

はっとり本当に最近なんですけど、蚊取り線香の匂いが好きで。無駄に蚊取り線香をお香のような感覚で焚いてます。

西川(笑)

はっとりあの匂いがいいんですよね。小学生ぶりくらいに蚊取り線香の匂いを嗅いだんです。今だったらもっと便利なものがありますけど、温故知新だなと思って蚊取り線香を買ったんですよ。その懐かしい匂いにセンチメンタルになってしまって、すごくハマって、毎日蚊取り線香の匂いを嗅いでます(笑)。こんな人ヤバいですね。

Non Stop Rabbit

西川そんなことないです。

はっとりあとは、ASMRっていう音フェチですね。日本だとまだ認知度は低いんですけど、YouTubeのチャンネルで音フェチ動画を上げている人が、海外ではたくさんいて、再生回数もエグいんですよ。咀嚼音であったり、ささやき声であったり、あらゆるものの音をひたすら流して、聞いて気持ちよくなるという性癖に近いものなんですけど、それを聞くのにここ数年ハマってますね。

西川……はい。

はっとり音フェチの話、掘り下げないでいいですか?

西川ぜひ聞きたいです。

はっとり咀嚼音とかも好きなんですけど、僕は声フェチなんですよね。好きな声と喋り方っていうのがあるんですよ。それに気づいたのが、小学生のときで。将棋をさしている番組を観ていて、“後手~”みたいなやつが、すごく気持ち良かったんですよね。“なんだこれ”と思って。そのときはまだなんでかわからなかったんです。耳がぞわぞわするなみたいな感じで。だいたいそのぞわぞわってなるのは女性の声で、声の特徴もあって、ちょっと喋りながら唾が多めのような人の声が好きなんですよね。YouTubeでそういう声の人を探して、その人が喋ってくれている声を聞く。

西川(笑)

はっとり嫌いにならないでね。

西川はい。では最後の質問です。私は今大学生なんですけど、大人になって学生とここは違うなって感じるのはどんなことですか?

はっとり大人になると、何もしなくても何も言われないので、不安になるときが多いですね。もう自由というか、その自由っていうのが一番怖いなって思って。大学時代は単位が必要だから授業に出るし、自分が選んだ学校には行っているんだけど、やることが用意されているからやれている感覚が強いんです。でも、大学を卒業して、僕はフリーターのようなものだったので、危機感がすごかったですね。就職をする人はまた違うと思うんですけど、僕は、“自由ってこういうことか”と思いました。より生きるということ、生活ということを考えますね。そのうえで人との繋がりを大事にするようになりました。生活の中で不安なときに、精神的な面で友達が助けてくれることが多かったので、僕自身は、社会人になって、人付き合いを大事にするようになりましたね。

西川学生生活を振り返ってみて、これをやっておけば良かったな、体験しておけば良かったなと思うことはありますか?

はっとりもっと友達を作っておけば良かったなと思いましたね。卒業してからのほうが、バンド関係の人でも仲良くなれた人が多いので。学生のうちは、学校に行けば友達はいるしというので、輪を広げようという意識があまりなかったんです。でも、卒業をすると自分で広げていかないといけない場面が増えるので。やっていることは学生時代と変わらないんですけどね。ライヴをやって、打ち上げをしてとか。でも、その打ち上げとかでも、“この人と仲良くなりたい”って思ったり、仲良くなろうと頑張ったりするようになったので。それは自分の生活が寂しいというか、不安感が大きくなったからだと思うんです。だから、学生のうちに、そういう友達を作るということを頑張っておけば良かったなと今は感じますね。でも、今は今で楽しいですよ。ただ、学生時代が終わると、よりひとりで生きるっていうことを考えるようになるかもしれないですね。

西川今日はいろんなお話をありがとうございました

インタビュアー:吉羽 さおり Photo by 石崎祥子

 

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