cinema staff インタビュー - 激的アルバイトーーク!│求人情報ならアルバイト・パートのバイトル

BOMS バイトルマガジン

powered by バイトル

cinema staff インタビュー - 激的アルバイトーーク!

日本最大級のアルバイト求人サイト“バイトル”とSkream!による“激的アルバイトーーク!”。今回のゲストは、6月13日にアルカラとのスプリットEP『undivided E.P.』をリリースし、今年CDデビュー10周年を迎えるcinema staff。クリエイティヴなサウンドとエバーグリーンな歌に磨きをかけ、且つ新たなチャレンジをしながらオルタナティヴなロックを刷新している彼らは、これまでどんなアルバイトをして、どんな想いを抱いてここまできたのかを語ってもらった。また今回は、普段はできないような非日常的な体験ができる企画“ドリームバイト”で選ばれた大学生、吉澤みずきさんも、Skream!編集部員としてインタビューを敢行。普段のインタビューでは聞けない話を、たっぷりと聞くことができた。

cinema staff

Profile

メンバー:飯田 瑞規(Vo/Gt) 辻 友貴(Gt) 三島 想平(Ba) 久野 洋平(Dr)

つらいときに“これは俺だけなのか”って感じることがあると思うんです。でもこれは、頑張っている人みんなが通ることだと思うと、楽になると思う(飯田)

cinema staff

-みなさんはこれまでどんなアルバイトをしてきましたか?

三島僕らの中にはあまり、掛け持ちをしてバリバリやっていた奴はいないかもしれないですね。みんな名古屋の大学にいたんですけど、その当時はコールセンター兼メールマガジンを作るみたいな会社でアルバイトをしていました。基本的にはデスクワークで、パチンコ屋とかのメールマガジンを作ってましたね。僕は大学1年生から上京するまで、4年間くらいやっていましたね。

-4年も働いていたとなると、結構なベテランですね。

三島そうですね。最後は正直、時給も結構貰っていましたね。その前にちょっと、野球が好きだったのでナゴヤドームでバイトや、派遣のバイトもちらっとはやっていたんですけど、基本的にはデスクワークのバイトをしていました。

-上京してからはどうですか?

三島僕はライヴハウスですね。渋谷にあるLUSHというライヴハウスで、2年弱働きました。それでメジャー・デビューのタイミングで辞めていますね。

-久野さんはどうですか。

久野僕は大学に入って最初にやったのが、写真屋のバイトで。フィルムを現像したり、証明写真を撮ったりしていました。ただ、そのお店は閉店が早くて、学校が終わって入っても2~3時間しか働けなくて。全然稼げなかったのでそこを辞めて、ゲームセンターで働き始めました。ゲームセンターは、夜遅いし、仕事もすごく楽しかったですね。営業中に、UFOキャッチャーで遊んでいいんですよ。遊んでいいというか、お客さんに、“これ、どうやって取るんですか?”って聞かれたときに、アドバイスできないといけないから、遊ばなきゃいけないというか。なので、空いている時間は遊んでましたね(笑)。楽しくて、わりと向いていたかなと思います。

-UFOキャッチャーの腕前も相当なものでは?

久野どれくらいお金をかけないと取れないかは、パッと見てわかりますね。やっぱり一発では取れないようになっているんですよ。その仕組みとかはわかりました。

-たまに、ずっと取れなかったりすると、店員さんが気を利かせて取りやすくしてくれたりすることがありますよね? ああいうのは店員さんの裁量なんですか。

久野それはやっぱり愛想が大事ですね(笑)。あの人さっきから頑張って景品を取ってるなっていうのを見てるじゃないですか。そのときにイライラして、“これ、取れないんだけど!”って言われると、そんなに取りやすくしてあげようとは思わないです。けど、本当にこの人困ってるんだなっていう感じがすると、店長には内緒でちょっと取りやすくしたりはしてましたね。

飯田大事なのは、愛想なんだね。

久野まじで大事。上京してからは、ピザ屋の配達のバイトをしました。ピザ屋ってだいたい、毎週シフトを組むので、バンドをやりながらでもやりやすかったですね。どうしても、急に取材が入ったり、ライヴが入ったりすることも多いので。あとは、何度か辻君と派遣のバイトでライヴの警備のバイトをしました。ACIDMANのライヴの警備をしたり。

木村カエラさんのライヴの警備もしたね。

-では、辻さんは他にどんなバイトをしてきましたか?

僕は、2年ごとくらいで変わっていたんですけど、最初は塾の講師でした。中学からずっと通っていた塾で、大学生になったタイミングで講師としてバイトを始めて。そのときは、数学と化学を教えていて──

久野数学と化学できるんだ。

cinema staff

そのときはできた(笑)。

三島理系だったからね、辻君は。

あとは、当時唯一、地元の岐阜にあったコンビニでも掛け持ちで働いてました。そのあと名古屋でひとり暮らしを始めてからは、イタリアンレストランで働いていたんですけど、そのお店での思い出はないです。

飯田懐かしいな。俺、コーヒー飲みに行ったけどね。

それで、上京してからは渋谷にある(TSUTAYA)O-nestというライヴハウスで働いていました。そこは、cinema staffもずっと出ていたライヴハウスで、だいぶお世話になっていたし、友人とか好きなバンドがよくライヴをしていたところだったので、楽しくやってましたね。

-ライヴハウスでのアルバイトは、基本的にどんな仕事をするんですか?

三島僕らはホール担当だったので、ドリンクカウンターとかチケットのもぎりとか。たまに、ブッキングもやりましたね。でも基本的には、ドリンクを出す、掃除をするとか、雑務ですね。

僕もそうです。友達とかが出ていると、だいたい打ち上げまで出るので、打ち上げでバイト代を失いますね。

久野そこは自腹なんだ。

-そうだったんですね。では、飯田さんはどうですか。

飯田僕は学生時代、岐阜駅前の焼き鳥居酒屋でバイトしてました。

三島やってたなぁ(笑)。

飯田それは4年くらいやってましたね。キッチンからホールまで、その日によって変わるんです。炭火焼き鳥なんですけど、その炭作りから始まるんです。他には、引越しのバイトもしましたね。

引越しのバイトは、初めて一緒にやったバイトだよね?

飯田そう。あとはコンビニでもちょっとだけやってました。ずっと飲食のバイトをしていて慣れていたから、上京してからは、食材もすべて京都から仕入れた京しゃぶしゃぶ屋で働きましたね。あとはそうだ、高校のころに、三島と辻と俺で、辻の家の近くの和菓子屋さんで、“餅を広げる”という仕事をしてました(笑)。

昔からある、友達の家のお店なんですけど。

-餅を、広げる?

三島年末に、おせち料理に入る米菓になるものの素を仕込む仕事だったんですよね。その期間は、辻君の家にみんなで泊まって。

飯田4日間くらいでやるんですけど、朝早くから夕方までずっと、もち米を洗ったり、機械でこねた餅を広げて、何等分かにしてっていうことを分担してやってましたね。俺は4日間くらい、餅を広げてました(笑)。4日目になると広げ方もうまくなりますからね。ただ、大変だったよね、腰がやられて。

三島大変だったよ、あれは。でも結構バイト代を貰えたよね。

-先ほど久野さんからシフトの話も出ましたが、バンドをやっているとどうしても時間のやりくりが大変になってきますよね。みなさん、どう調整していたんですか?

飯田僕は飲食をやっていたときは、最初にバンド活動をやっていることを店長に伝えていたので。店長も理解のある人で、シフトは融通を利かせてもらえましたね。当時の店長が新しいお店を始めたんですけど、岐阜でやっている“OOPARTS”というcinema staffの自主企画イベントで、出店してくれたりもしているんですよ。

久野シフトを組む人と仲良くなるのは大事かもしれない。僕もそうだったんですけど、シフトを組むバイトリーダーが、すごく応援してくれていたので。シフトを変えてくれたりもしたんですよね。人間関係は大事。

-ライヴハウスはその点、バンド活動に対して理解はありますよね。

三島理解はありますね。でも僕の場合は、月で決めていくシフトだったんですよね。2週間ごとだったらもっと楽だったかなと思いますけどね。もちろん急遽“無理になりました”と言えば休めるんですけど。とはいえ、罪悪感もありますしね。あとは“三島は忙しいんだな”っていうことでちょっとシフトも減らされたりしちゃうので。

―それは困りますよね。

 

三島辻君はたぶん、よくシフトに入っていたんですけど、僕はあまり入れなかったですね。

僕のところは、人がそんなに多くなかったので、わりとシフトに入らせてくれたり。急遽入りたいときも、大丈夫だったんです。

三島LUSHは当時、人が多かったんですよね。しかもバンドマンじゃなくて、フリーターで働いている人も多かったので、どうしてもシフトに入れる人が優先だったんです。

-バイトを通して学んだことや、今の生活に生きていることはありますか?

久野当たり前のことですけど、店員さんに横暴な態度を取る人がいるじゃないですか。それがいかに良くないことかを、働く側になると身をもって学びますよね(笑)。働いている側も人間ですから。それを肌で感じることでモラルが育ちますね(笑)。

飯田たしかに、そうだね。

cinema staff

三島客商売だと、特に相手の顔を見るようになりますよね。この人はどうしたいんだろう、ああしたいんだろうな、っていうのは観察するようになる。

僕はライヴハウスで働いていたので、いろいろな繋がりができたのが大きいですね。好きなバンドや仲のいいバンドも出ていて、コミュニケーションもたくさんとれるバイトだったので。それはありがたかったなと思いますね。それで、そのあとに対バンをしたり、バンド活動に繋がっていったので。

-積極的に、自分もバンドをやっていることは伝えていたんですか。

そうですね、好きなバンドが出ていると、CDを持って行って、“実はバンドをやっていて”と渡したりしていましたね。bloodthirsty butchersとかは、そこで顔を覚えてもらったなと思いますね。東京カランコロンとも、最初に挨拶したのがバイト先のライヴハウスだったりもして。

飯田当時、辻がライヴハウスで働いていたから、初めましてのバンドからも“辻君がO-nestで働いているよね”ってよく言われましたね。

-そのひと言も、コミュニケーションのきっかけになりますね。飯田さんはどうですか。

飯田僕は飲食だったので、料理ですね。ずっとやっていたので、だいたいのことはできますし、生活力は上がったかもしれない。それまではせいぜいレンジで温めるとか焼くくらいでしたからね。千切りひとつとっても、千切りなんて普通にできそうですけど、お客さんに出せるような千切りって結構難しいんですよ。それも確実にうまくなりましたね。

-バイトで面白かったことや、印象深い出来事はありますか?

久野写真屋のときは、いろいろ面白かったですね。“写ルンです”とかフィルムを現像するんですけど、あれって一応、1枚1枚画像補正をするんです。暗かったら、ちゃんと明るくしたりするんですけど、そうなると必然的に写真を見ることになって。やっぱり、ちょっと変な写真を撮ってる人もいるんですよね(笑)。あとは、面白い話ではないですけど、ゲームセンターだとプリクラで痴漢とかが出るんです。それを先輩と一緒に捕まえたりとかもしましたね。書けそうにない話もたくさんありますけど……ピザ屋の配達では、風呂上がりでタオル1枚を身体に巻いたままで女性が出てきたりとか(笑)。

O-nestにいたときは、nest(O-nest)ってキッチンがあるんですけど、bloodthirsty butchersの吉村(吉村秀樹/Vo/Gt)さんがパスタ作ってみんなに振る舞ってくれたことがありましたね。それまでは、ちょっと怖い人っていうイメージがあったんですけど、プライベートな部分が見えて嬉しかったなと思いました。

三島当時、吉村さんがパスタ作るのにハマってたんだっけ?

めちゃくちゃハマってた(笑)。“パスタは、茹でるときに入れる塩の量で変わるから”って言いながら。

-辻さんが働いていたころのO-nestって、ちょうどみなさん好みの海外のアーティスト、USのインディー・ロックやエモ系のバンドもがたくさん来日していましたよね。

めちゃくちゃしてましたね、いろいろライヴを観れたし。

三島当時のO-nestは僕もよく行ってましたね。+/- {PLUS/MINUS}とか。Kinsella兄弟のもよく観に行っていたし。

飯田L’ALTRAとかね。知り合いが亡くなったとかで、ずっと泣きながら演奏してたのは、覚えてるな。

すごく、いいときだったと思います。もともと僕らが最初にワンマン(2010年3月22日開催)をしたのも、O-nestで。それで店長さんと仲良くなったんですよね。それで、今度上京するんですって話をしたら、“じゃあ、うちで働けば?”って言ってくれて。最初の出勤の日も、THE VELVET TEENというバンドの日本公演で、印象的でした。

cinema staff

-上京したら、ライヴハウスとか音楽に近いところで働きたいと思っていたんですか?

三島僕は思ってましたね。(東京には)音楽しかやりに行かないんだ! っていう覚悟でいたので。僕もバンドマンの繋がりで、紹介してもらって(バイトに)入ったんです。後悔するんですけどね。もっと普通に稼げるところにしておけば良かったなというのはありました。

-と言っても、掛け持ちでバイトをするのも難しさがあるような。

三島そうなんですよね。当時は制作とかでも悩んでいた時期で、あまりメンタル的にも良くなくて。深夜に働くとかは無理になっちゃったから。

飯田上京した当初は、みんな貯金も全然してなかったしね。バイトには入りたいんだけど、ライヴ自体もかなり入っていたんですよ。これは、バンドを頑張っていこうという人は感じることだと思うんです。バイトで稼いだお金をバンドに使いたいんだけど、ライヴ自体が多くてバイトに入れないという悪循環があって。

三島あるね。

飯田当時お金がなくて、代官山UNITでワンマンをして、帰りに泣きましたもんね。来てくれているお客さんよりも、俺、今お金がないかもしれないなって。

久野チケットも売り切れて、満員のお客さんの前でライヴをして。でも、次の日にバイトに行ったりね。

飯田“スペースシャワー列伝”のファイナル(2011年1月28日開催)で赤坂BLITZ(※現マイナビBLITZ赤坂)に立った前日も、明け方3時~4時までバイトしてた。闘争心は湧きますけどね(笑)。やってやる! っていう。

バンドでやっているなら、想いを共有するのが大事。“もうちょっと頑張ろうぜ”ってお互いに助け合えるような状況があった方がいいですね(三島)

cinema staff

-では、メジャー・デビューが決まったときは、音楽で身を立てていけるぞという思いがあったんですか?

三島多少は落ち着くかな? とは思いました。最初のうちはきつかったですけどね。でも、ほっとしましたね。

-それでは、かつての自分たちと同じようにバンドや夢を目指してバイトしている人に、cinema staffからのアドバイスやメッセージをお願いします。

飯田みんなが味わうことだっていうのがわかると、楽だと思いますね。“つらいのは俺だけなのか”って感じることがあると思うんです。でもそれは、頑張っている人みんなが通るし味わうことで、それを超えるといったん自分も落ち着いたので。そこをなんとか乗り越えるというか。俺らはよく“つらいな。でも、頑張るか”っていう話を、スタジオで練習も演奏もせずに、4人で話していた時期があったんです。

三島バンドでやっているなら、共有することは重要だと思うんですよ。ある程度の目標地点は、みんなで共有すべきだと思うんです。そこがブレていると、どこかで躓いたときに、落ち込んじゃうので。そこでお互いに助け合えるような“もうちょっと頑張ろうぜ”って言える状況は、あった方がいいですね。短期目標と長期目標を作って、そこをまめに共有しているといいかなと思うんです。

-いい話をありがとうございます。それでは、ここでドリームバイトの吉澤さんにバトンタッチします。

吉澤ふぅ(※深呼吸)……緊張します。

飯田cinema staffのTシャツを着て来てくれたんですね。

吉澤はい! 一昨年のツアー(2016年5月から6月にかけて開催された[cinema staff oneman tour 2016 “about eve”])のTシャツです。それからなかなか、ライヴに行けてなくて。

僕、たぶん話したことありますよね?

吉澤はい、あります。

飯田俺もありますよね。

吉澤えっ、覚えているんですか!?

三島見たことがある気がする。

久野引かれちゃってるよ(笑)。

吉澤いえ(笑)。ファンの方がたくさんいらっしゃって、喋ることも多いと思うので、びっくりして。

飯田ライヴ中も、ステージから結構お客さんの顔は見えているしね。

三島(ライヴに)2回来てくれれば、なんとなくはわかるかな。

吉澤そうなんですね。では、最初の質問です。cinema staffの曲は激しかったり優しかったり、いろんな感情が混ざっているなと思うんです。そういう曲をCDで聴いたり、ライヴに行ったりすると、どの曲を聴いてもそっと背中を押してくれている感じが、私はあって。曲を聴いて、就活や受験を頑張れたことがありました。決して頑張れという曲ではないけれど、そう思えるのは、どこから出てきているのかなというのをお聞きしたいです。

三島基本的に、音楽の機能としては、そうあるべきだと思うんですよ。大衆音楽というか、僕らのやっていることは、芸術的なことじゃないと思うし。何か機能としてできることは、“明日頑張ろう”って思うこととか、聴いてて気持ちいいなって思ってもらうことしかないと思うので。まずそれは、主幹において考えていますね。だから、歌詞の内容にしても、ネガティヴになりすぎないようにというか。ある程度、ネガティヴであった方が、聴いている人のネガティヴさと共振して、包み込んでくれるものになるというか。“私もそうだから、頑張ろう”とかがあると思うんです。で、言っていることはわりと僕も近いんですよね。そんなにネガティヴな言葉は使ってないけど、僕もしんどい気持ちになったときに、音楽に助けてもらったりしたから。そういう役割にしたいというのはあるかな。

吉澤はい。

三島もちろん歌詞のテーマはいろいろあって、恋愛のことや自分の経験、想像で作るときもあるんですけど、何にしても救いがあるように、僕は書いているつもりで。これを聴いて、聴いた人がどこか1ヶ所でも、共感する部分があるかとか、そういうのは考えて作っていますね。自分がこれを聴いたら、どう感じるかとかね。しかも、メンバーが“これはいいね、かっこいいね”というものじゃないと、もちろん世に出していないですし。そこを超えていて、自分がいいと思えるから、みんなにも思ってもらえるというところは、妥協をしないというのは考えています。

吉澤ありがとうございます。次の質問です。私は、趣味はあるんですけどすべて浅くて。広く浅くという趣味が多いんです。cinema staffのみなさんは、それぞれ好きなものやできることが、音楽以外にも多い印象がありますが、趣味というのは、どうやったら見つけられますか?

cinema staff

久野それは、たまたま見つけたからじゃないですかね。基本、みんな広く浅くというか、ちょっと好きっていうのがいっぱいあると思うんですよ。そこから、たまたま深く入れるものを早めに手に取っているだけで、きっとそういうものが今もどこかにあるっていうか。その広く浅くを続けていたら、突然、深くいきたいところが見つかるんじゃないかなと思うんですよね。っていうと、偉そうですけど(笑)。

三島広く浅くてもいいんじゃないかな?

飯田うん。いろんな好きがある方が、逆にうらましいなと思いますけどね。

三島好きなものが多いのは、絶対に幸せなことなので。まぁ、何かひとつ見つけるとするなら、信頼してる人が好きなものを好きになるとか。仲のいい友達が好きなものを一緒に追っていたら、同じくらい好きになったり、友達を超えるくらい好きになっちゃったりするケースは多いと思うんですよね。僕は、野球とかがそうだった。仲のいい友達が、例えば野球観戦が好きだったら、そんなに興味がなくても1回行ってみるとかね。

飯田音楽が好きだったら、自分の好きなバンドマンが好きなものを、見たり聴いたりしてみて、自分でこれはもっともっと知りたいなっていうのを見つけるとかね。好きな人が好きなものをどんどん聴いてみたり、試しにやってみたりするなかで、これは一番好きかもしれないなっていうのが見つかると思います。俺もそうだったから。

三島うん、それですね。

吉澤三島さんのTwitterを見ていると、サッカーのことが多いなって思っていて。

はははは(笑)。たしかに。

三島そうですね(笑)。

吉澤実は、それで気になって最近サッカーに興味を持ったんです。

飯田ワールドカップもあって、ちょうどいい時期じゃないですか。

吉澤私は、“湘南ベルマーレ”(※神奈川県のサッカーJリーグ・チーム)が好きなんですけど、全然サッカーのこと、ルールについてはわからなくて。

三島いやでも、まずは好きな選手とか、好きなクラブがあることが重要です。内容は重要じゃないんですよ。気持ちが入る対象があるかどうかだから。僕もサッカーを観だしたときは、好きなプレイヤーを追うだけでしたからね。そうなってくると、ちょっとずついろんなことが見えてくるから。それがベストじゃないですかね。

飯田こういう趣味の話って、すげぇ考えたことがあったから、わかるな~と思いましたね。別に勝ち負けじゃないんだけど、周りを見ると、自分の知識とかがないように思えて、自分が人よりも勝るものなんて、何もないんだなって悩んだときがあったんです。だから、何か見つけた方がいいですよ。

吉澤はい、そうします(笑)。

飯田もう、サッカーでもいいしね。

吉澤では次の質問です。私は、三島さんのワード・センスがすごく好きなんです。高校生のころはライヴに行かせてもらえなかったので、ブログを読んだり、Twitterを見たり、CDについているDVDを観たりして楽しんでいました。私は文章を書くのが苦手なんですが、文章力っていうのはどうやったら身につくのでしょうか?

三島これはもうね、完全に僕はマネですね。別に、文章の勉強をしたとか、文学に精通してるかとかではないし、全然読書家でもないんです。だから最初は、自分が好きな人たちの文章とかをマネするところからなのかなと。そうしたらじわじわと、これは自分っぽくないなとかが見えてきて。歌詞もそうですね。僕は高校生のころ、VELTPUNCHというバンドのNaganuma(Hidenori Naganuma/Vo/Gt)さんという方が書いているブログが大好きで。Naganumaさんのブログでも、最後に1曲音楽を紹介していて、その前まではくだらんこととか、下ネタとかめっちゃ書いてて。それを、参考にしてる感じなんですよ。もちろんバンド自身も大好きなんですけどね。なので、まずは好きな人の文章やこれはいいなと思ったものを、掘ってみるのがいいのかなって。あとは、僕はスポーツが好きで、昔から“Number”とかスポーツ雑誌を読んでいたので、それも参考にしてました。

cinema staff

-辻さんも、Skream!では長期連載(※2012年6月より連載中のコラム“cinema staff 辻 友貴(Gt)のコラム「萌えもemo」”)をしていますよね。何か書くことの秘訣などありますか?

三島なかなかうまいんですよね、文章が。コラムニストとしてもすごくいい。

もうこの連載を書くことで、磨いてます(笑)。

三島もう37回になるんだよね。隔月だから足掛け──

6年くらい?

吉澤私は初回から読んでいます!

まじですか! 嬉しい。

吉澤では、最後の質問です。cinema staffはたくさんの曲がありますが、ライヴのときにやる曲って、覚えられますか?

飯田はははは(笑)。すごいな。もしかして最近の俺らのスタジオ見た?

三島昨日のリハ見てた? っていう感じだよね。

飯田思い出せないんですよ! でも、お客さんのためには、ライヴで同じような曲ばかりやっていても楽しくないし、ライヴも多いから。そのたびに、新鮮な気持ちで観てほしいぶん、ちょっとでもやる曲は変えようと思っているんだけど。もう100曲以上持ち曲があるので、自分の場合はギターと歌詞、メロディさえも思い出せないこともあるんですよ。だから、大変ですよね(笑)。

三島耳コピしますね、自分たちの曲を。

耳コピでこんな感じだったっけな? と探ったりね。

三島昔はさすがに、そんなことねぇだろうと思っていたんですけど。自分の曲を忘れるなんて、プロ失格だと思っていたけど、忘れます(笑)。

飯田あと、思い出したからって、人前で演奏できるという話ではないと思うんですよ。その曲の最高のクオリティで観せたいわけじゃないですか。だから“思い出した状態=いける”っていう話ではないんですよ。これは今、喋りながらメンバーに対して、“だから許して”って言ってるからね(笑)。歌詞は思い出せるけど、それを100パーセントの状態でお客さんに観せられるまでに、俺なら2週間くらいは必要かな。ありがとう、この質問をしてくれて(笑)。

吉澤こちらこそ、いろんな楽しいお話をありがとうございました(笑)!

インタビュアー:吉羽 さおり Photo by 石崎祥子
skream

バイト求人探すならバイトル