ヒトリエ インタビュー - 激的アルバイトーーク!│求人情報ならアルバイト・パートのバイトル

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ヒトリエ インタビュー - 激的アルバイトーーク!

日本最大級のアルバイト求人情報サイト“バイトル”とSkream!による“激的アルバイトーーク!”の今回のゲストは、11月28日にニュー・シングル『ポラリス』をリリースし、2月27日には待望のニューアルバム『HOWLS』をリリースするヒトリエ。2012年に現体制となって以来、彼ら独自と言えるメロディとサウンドや言語感覚で、多くの人の通奏低音的な感情をすくいとり、無二の存在へとなりえている4人だ。常に実験精神を忘れずに活動を続ける彼らが、どんな学生時代を過ごしどんなアルバイトをしてきたのか、話を訊いた。また今回は、普段はできないような非日常的な体験ができる企画“ドリームバイト”で選ばれた大学生、萩原浩野さんもSkream!編集部員として参加。4人に熱い想いと質問をぶつけてくれた。

KAMIJO

Profile

メンバー:wowaka(Vo/Gt) シノダ(Gt/Cho) イガラシ(Ba) ゆーまお(Dr)

 

-これまでみなさんどんなアルバイトをしてきましたか。

シノダ学生のころは、郵便局の配達とかやってましたね。

wowaka嘘でしょ?

イガラシこれまで聞いたことないんだけど、そんな話(笑)。

シノダあるって! 赤い車を運転して、ゴルフの荷物を運んだりとか、配達してた。あとはポスティングのバイトもしましたね。

ゆーまお僕は、高校のときにバーミヤンで、大学生のときは薬局ですね。

wowaka薬局っていうのは、ドラッグストア? あれって、資格とかいらないの?

ゆーまお資格がいるのは、薬剤師じゃないと売れない薬があって。それを買いたい場合は、薬剤師と相談が必要になるという感じだったから、特にバイトでは必要なかったな。ドラッグストアはいろいろと面白かったですね。

wowaka僕はひとつしかバイトをやったことがなくて。大学時代に、塾の講師をやってました。

-どんな教科を教えていたんですか。

wowaka受験科目はだいたい全部でした。国語、数学、英語、理科……でも社会は教えられなかったかな。あとはだいたいやってました。中学生と高校生を教えていて、教え子が一橋大学に受かったんですよ。

-それは自慢ですね。

イガラシ教師としての誇りだね。

ゆーまお何人くらいの生徒を見てたの?

wowaka1シーズンで6人くらいは見るから、2年半くらい働いて、15人くらいは見たのかな。

イガラシそれだけ送り出したんだ(笑)。僕はピザ屋でしたね。常に籍は置いていた状態だから、4~5年はやってました。出たり入ったりで。

-となるとベテランな感じですね。

ゆーまお聞いていた感じだと、ベテランがゆえに籍を置ける感じだったよね。

イガラシ社員さんが入れ替わったりしても、自分の方が先にいたから、ずっと行かなくても、“こいつは誰なんだろう?”という感じで除名されないままで。今もいけるかもしれないです(笑)。

wowaka大学出たのに、サークルに居続ける先輩みたいだね。

-シノダさんは、期間的にはどのくらい配達の仕事をしていたんですか。

シノダ大学時代はやっていたと思いますね。

-配達の仕事だと、担当のエリアの地理はだいたい頭に入っていたりして、道を覚えるのにも役立ちそうですね。

シノダ僕、そういうのが苦手で(笑)。覚えは良くない方でしたね。

wowakaじゃあ、配達の都度調べるの?

シノダ覚えてる範囲はいけるけど、わからないところは地図を見ながらで。

ヒトリエ

wowaka10年前だとスマホとかもないだろうしね。

シノダ分厚い地図帳を渡されて。それを見ながら、“あ、青信号になっちゃった”とかしながらやってましたね(笑)。

-苦手なことをバイトにしちゃったんですね。

シノダ人間、やっぱり向き不向きというのはやりながらわかってくるものですね。

wowakaで、これは向いてないなと思って辞めたの?

シノダ向いてないなと思った(笑)。

-ゆーまおさんは学生時代、バイトにはどのくらい入ってたんですか。

ゆーまおその時々でしたけど、バンド活動をするためにバイトしていたみたいなところがありましたからね。かといって、大学生だし“遊びたいな”っていう気持ちもあるじゃないですか。でも全然お金を持ってなかったので、結構働いてましたね。あまり遊んでもいなかったので、結局バンドしかやっていなかったんですよ。

-バンドとバイトと、学校くらいの日々ですか。

ゆーまおそうです。日中は授業に出て、夕方6時からバイトに入って、10時半くらいまで働いて、11時からスタジオで練習していたんです。バンドもつらいし、バイトもつらいし、学校では寝ちゃうしという感じで。だから、全然学校をエンジョイできなかったんですよね。サークルとかも、無理でした。

wowakaサークルでバンド活動をしてたわけじゃなかったもんね。

ゆーまおサークルには入りたかったんですけど、大学に入る前からもともとバンドをやっていたんですよ。だから“今こういう感じでバンド活動してるから、それを飲んでくれるサークルを探しています”って言ったら、“それはサークルに入らない方がいいかな”って言われて。俺の“エンジョイ・キャンパス・ライフ”がなくなったんですよね。

wowaka音楽と関係ないサークルに入るっていう選択肢はなかったの?

ゆーまおなかったな。だから、サークルの飲み会とかも行ったことがなくて。サークルに入ってない連中同士で集まったりするんですけど、そうなると居酒屋に行ってみんなで乾杯しようみたいな感じにはなぜかならないんですよ。遊びに行くとか、カラオケに行くとかはあったかもしれないけど、飲みに行こうっていうのはなかったですね。

-思っていた大学生活とはちょっと違ったようですね。

ゆーまお全然違いましたし、ただただ過ぎていきましたね。だから、バイトは生活のかなりのパーセンテージを占めてました。

-そのぶん、バイト先の人との交流はあったんですか。

ゆーまお学校と同じくらいバイトに行っていたので、バイト先の薬剤師の人とか、めっちゃ仲良かったですよ。みんなフランクに付き合える場所だったので。

wowaka同じくらいの年齢の人も多かったの?

ゆーまお2、3人かな。でも、お店がそこまで大きなところではなかったので、バイトが同時に何人も入ることがなかったんですよ。なので、社員さんとは一番話をしましたね。あと、うちの店万引きGメンがいたんですよ。

シノダほぉ。

ゆーまおだからスーパーとか他の店に行くと、“あの人は万引きGメンだな”ってわかるようになりました。

-特殊な能力がつきましたね(笑)。wowakaさんは、音楽活動とバイトと学生生活をどう切り盛りしていましたか。

wowaka僕は、大学で東京に出てきたんですけど、お金もないので大学の寮に入ったんです。その寮に住んでいる同じクラスの人がふたりいて、その子らと最初に仲良くなって。“これからどうやってやりくりしていくの?”っていう話になったときに、そのふたりがどこかからのツテでバイト先を探してきて、それが塾の講師だったんです。それで、俺も誘われる形で紹介してもらって。それと同時期に、大学の軽音サークルに入ったんです。そこはコピー・バンドをするようなサークルだったんですけど、そこで先輩に気に入られて、当時部長だった先輩と一緒に、サークル内でバンドをやって。そこで初めてギター・ヴォーカルをしたんですよね。先輩が“お前には、ギター・ヴォーカルの才能がある”って言ってくれて。

今やっていることがどう今後の人生になっていくのかはわからない部分が多いけど 必死に取り組んでいくことで、自分が変わったなと思えることがある(wowaka)

ヒトリエ

シノダすごいな。

wowaka今思うと、それが自分が歌うことだったり、人前でやることのとっかかりだったのかなと思いますね。結果そのサークルで部長になって、サークルの方が、大学よりも楽しくなっちゃったんですよ。学業は疎かになりながら、サークルやバイトもやっていくうちに、サークルでオリジナル曲をやるバンドをやろうという話になって。そのバンドで、下北沢や高円寺で何度かライヴをやったんですけど、自分としてはあまり手応えもなく、悶々としていたんです。そのとき、クラスの友達から、ニコニコ動画っていうものがあるぞって紹介してもらって。そこで初音ミクの曲に出会って、“すげぇ面白いな”と思って、気がついたら吉祥寺のヨドバシカメラで、初音ミクのソフトウェアとパソコンとオーディオ・インターフェースを買って、VOCALOIDで曲を作り始めたのが、今に繋がるきっかけでしたね。

-そうだったんですね。

wowaka今度はボカロの方が楽しくなっちゃって、サークルと学業とバイト、すべてに支障が出始めました(笑)。それから半年くらいは、ずっとボカロのことばかり考えてましたね。結局そのあと、バイトも辞めて、サークルも卒業して、このバンドを始めて今に至る感じですね。

ゆーまお“教え子が15人くらいいる”って言ったじゃん? その教え子が、当時の先生が今ヒトリエのヴォーカルをやってるって知ったら、びっくりするんじゃない? 俺が生徒だったらびっくりする。

wowakaたぶんびっくりするし、俺当時と風貌から感じから何もかも変わってるから。

ゆーまお“あの先生、今バンドマンなの!?”っていう感じ?

wowakaひとり気づいてる子がいるっていう話は聞いたりもするんだけど(笑)。

-教えていたときは、“先生実は大学でバンドやってるんだ”という話はしなかったんですか。

wowaka音楽の話はしてましたよ。音楽が好きだという子もいたので、そういう子に“今こういうことやってるよ”っていう話はしてました。サークルでギター弾いたり歌ったりしてるよっていうことは、言ってましたね。

-それがコミュニケーションのひとつになっていたんですね。イガラシさんは、バンドとバイト、学生生活をどうこなしていたんですか。

イガラシ大学生のときは、自分も大学内でバンドをやっていただけだったので、授業の合間にバイトをして、あとはサークル活動をしてという感じでしたけど、卒業後はフリーターみたいな感じでバンドをやっていましたね。なるべく働きたくなくて、週3日くらいで済ませたいっていうのがありました。なるべく短時間で稼ぎたいなと思って、その結果のピザ屋だったんです。

wowakaいい条件ではあったんだ。

イガラシまだリーマン・ショックが起こる前だったから、それより前から入っていた人は時給が高かったんです。長時間入れてくれるところだったし。その頃はたくさんチップがもらえたんですよ。

wowakaへぇ~!

イガラシ海外の人がたくさん住んでいる地域だったので、2,200円のピザの注文に5,000円札でお釣りをくれたりして。なるべく多く回りたいっていうのはあった(笑)。下手したら日給よりも貰えたりするからね。

-みなさん、バイトの経験で何か今の社会生活に役立っていること、経験が生きていることはありますか?

シノダ僕はないですね。

wowakaはははは(笑)。ないか。

シノダ何も足しになってる感じがないんですよね。コミュニケーションとかも……びっくりするほどなくて(笑)。先輩らしい先輩もいなかったので。大学の同期に紹介してもらったバイトだったけど、そいつも入るタイミングが合わなかったし。話すなら大学で話すしっていう感じだったから。

wowakaじゃあ、バイトは配達してるだけっていう。

シノダそう。辞める直前くらいに、ようやく心を開いてくれたおじさんがいて。“君、バンドをやってるんだって? どんな音楽をやってるの?”って話し掛けてくれて。当時オルタナティヴな洋楽っぽいバンドをやっていたんですけど、それをどう説明すればいいのかわからなかったから、“まぁ、ロックですかね”って言ったら“それは洋楽っぽいのかい?”って返してくるとか、それぐらいでしたかね(笑)。もっと早く言ってくれれば良かったのにって思うんですけど。

-では、バイトでのいい思い出は何かありますか。

シノダひとりで車を運転するわけじゃないですか。当時配達していたエリアは野原が多いので、そのへんをゆっくりと走っているとちょっと牧歌的な気持ちになってくるというか(笑)。

wowakaドライブ的な観点で楽しいと(笑)。

シノダ“俺、今ポストマンや”っていう──その間にいろんなこと考えたり、むしろ考えなかったりして。

wowakaだいぶ虚無に近いね(笑)。

シノダそうなんですよ。僕もバンドを始めたりとかして、バンドマンとして大成しなきゃいけないとか、強迫観念みたいなものが少なからずあったんですよ。そういうのとはまったく無縁な時間だから良かったなって思いますね。

-逆に悩みから切り離されている時間になっていたんですね。

シノダそうですね。午前中にこれを運べばいいっていう。それすらできなかったときもありましたけどね(笑)。

wowaka大学生くらいの時期ってさ、自分も人間としてそんなにできあがってないし、バイト自体にちゃんと目的意識を持てないんだよね。

シノダうん、ないね。

wowaka暮らすためとか、なんとなくっていうところがあったよね。

-あとあとになって、“あれはこういうことだったんだな”というのがわかることもありますね。

wowakaそういうのはありましたね。

-ドリームバイトの萩原さんも今大学生なので、そういうところのお話もできるかと思います。ここから萩原さんにバトンタッチして、質問をしてもらいます。

萩原大学2年生の萩原です。よろしくお願いします。僕は、ヒトリエのことが好きで、今日直接お会いして、ずっとずっと言いたかったことがあって。僕は今大学に通っているんですけど、受験期につらいことが多かったんです。そのときに、ヒトリエの曲を聴いて、“明日から頑張ろう”って思えて。ずっとヒトリエの曲を聴いてきました。その節は、ありがとうございました。

シノダこちらこそありがとう。

wowaka受験期に聴いた曲って忘れないよ、まじで。

萩原はい。ライヴで演奏しているのを聴いても、その当時の感情がフラッシュバックして、ライヴで泣いちゃうことも多いんです……。

-萩原さんは、中学生時代からヒトリエを聴いていたそうですよ。

萩原ニコニコ動画でwowakaさんのボカロの曲を知って、ひとりアトリエ(※ヒトリエの前身バンド)時代から聴いてます。1曲聴いたときから好きになってしまって。ヒトリエをきっかけにいろんなバンドを知りました。今回、こうしてドリームバイトに当選して、みなさんと話をする夢が叶って嬉しいです。

シノダこういうふうに言ってもらえると、やってて良かったと思うよね。だって、俺が中学、高校のときに聴いていたバンドって、ナンバーガールとTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTとかだから、みんな高校生のうちに解散しちゃっているしね。

萩原ヒトリエの曲を通じて出会って友達になったりとか、高校のころにヒトリエが好きってことで意気投合した女の子と付き合ったりもしました(笑)。

wowakaやったじゃん(笑)。俺らの曲でもそういうこと起きるんだな。

ヒトリエ

萩原めちゃめちゃ感謝しています。

イガラシ良かった良かった。

萩原これまでヒトリエで音楽をやってきたなかで変化したこともあったと思います。メンバーが思う、こういうところが変わったなとか、変化に対して思うことはありますか。

wowakaさっきのバイトの話もそうだけど、それこそ大学時代に塾講師のバイトをしていたときは、友達の紹介があったからとか、時給が良かったからとか、そういう理由で選んでバイトをしているというのが強かったのね。だけど、それこそあとになって、そのときに俺は何を貰ったかなとか、何ができたかなというのを改めて考えると、今になってその経験が身体に残ってる感じはするんだよね。まぁ、シノダは残ってないって言ってたけど(笑)。塾講師だと、中学生、高校生くらいの生徒たちとよく話すわけじゃない? 話をして、俺も前はこういうことを思ってたなとか、最近こういうことに気づかなくなってたなとか、そういうことを、話したり教えたりしながら学んだような気がするのね。

萩原なるほど。

wowakaその瞬間、瞬間で自分が頑張ることが人生にいっぱいあるんだけど、音楽を作るにしても、ライヴをするにしても常に必死だから、今、俺は何を受け取っていて、何を世界に返していて、これがどう今後の人生になっていくのかはわからないままやっている部分がすごく多いんだよね。でも、瞬間、瞬間で必死に頑張って取り組んでいくことで、結果として自分があとで気づけることや、自分がちょっと変わったなと思えることがある。そういう繰り返しで、俺はここまで続けてきた感じかな。でもむしろ、変わってないものが軸で動いているからそうなるんだよね。変わってないから、変わっていかざるを得ないっていうか。瞬間、瞬間で、自分の曲がらないものをやろうとし続けることで、結局変わっていって、俺はここまできたような感じですね。

シノダ僕は、やれることが増えてきたんだなっていう感じがしますよね。それは単純に、個々のスキル・アップでもあるだろうし、平たく言うと音楽性の広がりというのもあるし。昔の音源を聴くとそれはそれでいいものを作ってきたなと思うんですけど、今だったらもうちょい良くできるなとも当然思うしね。毎度、全力投球で作ってはいるんですけど、過去の自分たちに“今の自分たちの音源”は絶対に作れないし。そういう感じで更新できているなっていう気持ちがありますね。

萩原ありがとうございます。

ゆーまお僕は主観と客観という、このふたつができてきたなという気がしますね。もともとは主観しかなかったものに対して、近年は、(自分を)俯瞰的に見ることができてきたかなって思っていて。そこが、一番大きな違いかもしれないです。それがあるからかわからないですけど、主にライヴで、人に伝わっている実感があるというか。自分の中で確信を得ながらライヴができているんです。これって、難しい話じゃないですか。音楽という形のないものを表現して──音源では残るけど、ライヴはそのときの記憶とか、そのとき何が良かったのか悪かったのかも、誰も判断できないものを“良かった”と言ってもらう商売じゃないですか。そこで、“良かったな”って言ってもらえることができてきているなっていう、実感がある。今までは“できているでしょう”っていう感じだったのが、“できている”になったんですよね。

イガラシ僕は前よりも、風情があるかなって思いますね。

wowaka自分に?

イガラシ音楽にですね。やっぱり、人生なんですよね。なので、風情が出てきたなって思うんです。

萩原はい、僕も感じてます。

イガラシ(萩原君には)伝わってるなと思ったから、言いました。

シノダなんなんやそれは(笑)。

萩原(笑)次の質問です。そうやって変化を感じているというみなさんが、今持っている目標や、次はこういうことをしたいっていうものはありますか。

wowakaさっきもちょっと話したけど、最近になって自分を振り返ったり……ゆーまおの話で言うと、俺はあまり客観的になれない人間なんだけど。でも自分を振り返ってみたときに、自分も成長してきているなとか、ものの捉え方や人との接し方とか、ライヴとか曲とか、そういうところでいろいろ感じるところはあって。自分では、できなかったことができるようになってきている感覚がすごくある。そういうことを続けて、続けて、めっちゃすごくなりたい、みたいな(笑)。という感じで、ずっとやっているかな。

ゆーまお難しいね。これは、どう答えたらいいのかな。

wowakaもっと簡単なことでもいいんじゃないの? “あれ買いたい”とかさ。

イガラシあ、ここ数日の話なんですけど、ライヴ用の機材、足もとのエフェクターを変えてみたんです。それが良すぎて、早く試したいっていう。

シノダだいぶ近々の話だね。

イガラシこれってすごく小さいことだったりするんですけど、今、頭がそのことでいっぱいなんですよ。他のことが考えられなくて。だから、幸せだなと思ってますね。

萩原近々のライヴでそれが聴けるんですか。

イガラシそうですね、みんなが不満を持たなければ。

ゆーまおたぶん、(変わったことが)わかんないんじゃないかな(笑)。

イガラシそう、誰も違いに気づかないっていうね。自分の中では革命が起きてるんだけど。実は、この間の盛岡の空想委員会のライヴ(11月25日に出演した“空想委員会 大歌の改新 祭り編 ~盛岡事変~”)でも試していて。

ゆーまおあのときもそうだったの!?

イガラシあのくらいから試し始めていて──

wowakaほら、みんな気づいてないじゃん。

イガラシライヴ終わったあとに聞いたじゃん、“ちょっといつもと違くない?”って。

wowakaあぁ、言ってた!

イガラシそこで、あまり悪い反応じゃなかったから。で、そこにひと味加えたら、革命的なサウンドになって。

wowakaそこから革命がもうひとつ起きてるのね。

イガラシ起きてるのよ。それがヤバいっていう。

wowakaそういえば、“なんか感じ変わったね”っていう話をしてたね、あのライヴのとき。気づいてたわ(笑)。

イガラシそれは俺が聞いたからだけどね(笑)。

萩原(笑)シノダさんとゆーまおさんは、これからの目標はありますか。

シノダ目標か。なりたい自分にはわりとなれている節があるんだよね。

イガラシかっこいいな。

シノダそれにさらに磨きをかけていければいいというところですかね。

ヒトリエ

ゆーまおいいですねぇ。俺はすごく目立つドラムが欲しいです。これまでも欲しいドラムを買ってきたんですけど、自分で色を選べない状態だったんですよ。なので、今度はピンクとか、それくらいの振り切ったカラーのドラムが欲しいなと思っているんですけど、なかなか高いという。そこの問題と戦ってます。

wowaka欲しいのは何色なの?

ゆーまお本当に欲しいと思ってるのは、ラメのピンクか、あとは木目調で緑から青に変わっていくグラデーションみたいになってるかっこいいやつがあって。そのどちらかかなと思ってるんだけど。

イガラシ萩原君はどっちがいいと思いますか?

萩原え、僕ですか!?

wowakaあなたの発言次第で(笑)。

ゆーまおとにかくラメの入ったドラムが欲しいんですよね。それか、グラデーションのやつかっていう、そのどちらか。

萩原僕、ピンク色が好きなので……。

シノダじゃあ、決まったな。ピンクのラメだ。決まってもうた。

ゆーまお俺もピンクが一番好きなので。

萩原よかったです(笑)。次の質問です。僕がヒトリエを好きな理由は、曲調はもちろん、聴いていくうちにどんどん歌詞にハマっていったってことがあって。一文一文に学生時代の思い出が重なるようなことがあって、それもあってつらい受験期に助けられたり、ライヴで聴いたときに思い出が蘇ってきたりするんです。シンプルな質問なのですが、どうやったらそういう歌詞が書けたり、キャッチーなメロディが出てきたりするんですか。

wowaka毎回、曲を作る、歌詞を書くというところでは、めちゃくちゃ悩むんだよね。悩んでたくさん試して、“この感じは気持ちがいいな”とか、“この感じは美しいな”とか、“この感じはあまりハマってないけど、引っ掛かりがあっていいな”とか、アルバムを作るとなったらそういうことを500周くらい考える。そのなかで、(完成した曲は)残った選手たちなんです。でも、そういうことをやっているうちに、全然違うところからポッと入り口が見つかって、1時間で歌詞をバーっと書けることもあるにはあって。

萩原wowakaさんが歌詞を書くときは、“今から歌詞を書くぞ”っていう感じで書いていくんですか。

wowaka俺は、パソコンの前に座って、“よしやるぞ”ってならないと取り組めないし、出てこないかな。例えば、外を歩いていてとか、風呂に入っていてとか、お店にいてとか、そういうときにポンと浮かぶことはあまりないですね。自分の状態を必死に出す作業なんだと思う。具体的な何かがあって言葉が出てくるというよりは、そういうところに向き合うっていう。それぞれ曲についてテーマはあるんだけど、そのテーマをヒントに、自分の今をのっけていくとどうなるかなっていう感じで作ってきましたね。

萩原ありがとうございます。歌詞がすごく好きで、どうやって作られてるのかなってずっと思っていたんです。

wowakaありがとう。僕は日本語が好きで、さっきの受験の話に戻ると、全教科で現代文が一番好き。文章の流れとか、言葉の字面とか、大きな流れとかで“いい感じ”っていうのがあるんですよ。そういうのが、塾講師の経験もそうだけど、自分がいいなと思ったことが今に生きている感じがありますね。

萩原では、最後の質問です。僕は今大学2年生で、これから進路についても決めていく時期なんです。もし夢があったなら、やりたいことを取った方がいいのか、それとも、ちゃんと学校で資格を取ったりした方がいいのかって悩むことがあるんです。大学生の間にやっておいた方がいいことや、“こうやって過ごしておいた方がいい”ということはありますか?

ゆーまお資格を取ったりとか、勉強をしたりすることっていうのは、義務的な感じでやってるところがある?

萩原そうですね。これまでわりと親が“こうしなさい、ああしなさい”という家庭で育ってきました。

ゆーまおそうか、そうか。難しいな。僕には答えられないかなぁ(笑)。

wowaka永遠の課題みたいなところはあるよね。

萩原音楽でやっていくのは難しいとも思うんですが、僕もやりたいなと思っていて。だから、自分の好きな音楽で生きているヒトリエさんは、めちゃくちゃかっこいいなと思うんです。でもきっと、好きなことをやっていくには難しさもあるだろうし……。

シノダうん。でも、今無理やり決める必要もないと思うんだよね。日本で大成しているロック・スターでも、サラリーマン経験があるような人もたくさんいるんですよ。

wowaka(※Skream!2018年12月号の表紙を見ながら)ASIAN KUNG-FU GENERATIONとかもまさにそうだよね。

シノダだから、決められないんだとしたら、長い人生考えたら“就職した方がいいんじゃないかな”と思うところもあるし。それで、仕事の合間がどれだけあるかわからないけど、たぶん音楽って、昔に比べたらだいぶ簡単にやれるようになってると思うので。言ってみれば、スマホひとつでも作れるわけだしね。

ゆーまおめっちゃ真っ当な発言出てきた。そのとおりだ。

もし夢に賛同してもらえなくても、ちゃんとやっていれば必ず説得はできます
説得するために頑張らないとダメなんです(ゆーまお)

ヒトリエ

シノダ自分の人生にとって有利な方に考えて動くのが、一番いいんじゃないかな。

ゆーまおそれでもし、親御さんとのそういう問題を抱えているなら、結構ちゃんとやっていると説得できますよ。必ず説得はできます。説得するために頑張らないとダメなんですよ。そうすると好きだったものが嫌いになるかもしれないけど、でもそれくらいやればなんとかなるもので。なぜ就職しないといけないかというと、お金が貰えるからなんだよね。やりたいことで、お金が貰えるようにしちゃえばいいんだよ──という、簡単な話なんだけど、簡単じゃないんだよな。

シノダまぁね。

ゆーまおでもそういうことで、そこを説得できるくらいになれば、親御さんの問題は意外と簡単に解決することもあるんだよね。ダメな場合もあるけどね、世襲制の仕事とかさ(笑)。

シノダさすがに、そこには手がつけられない。

ゆーまおうん、でも情熱は伝わると思います。

萩原ありがとうございます、すごく納得しました。

イガラシただ、練習系は大学生のうちにしておいた方がいいね。例えば楽器がもっと上手くなりたいなら、実時間がかかるし、練習時間は短縮できないから。そこは、今のうちにやっておいていいと思う。

wowakaたしかに。ちなみに僕も音楽をやっていきたいと決めたとき、めちゃくちゃ親とケンカして。大学に出すために高校生まで育ててくれて、いろんな協力をしてくれて、満を持して両親としては胸を張って東京に送り出したはずが(笑)、バンドを始めて、それで生きていくのかっていうので、3年くらい冷戦になっていた時期もあったんだけど。さっきもゆーまおが言ったように、ちゃんと取り組めばわかってくれる人はわかってくれるよっていう感じなのかな。そういう人がいたときは、その人を大事に思えるといいよっていう。だから、今悩んでいるんだったら、悩めばいいと思うし。

ゆーまおそう思う。

wowaka悩んで悩んで、悩みながらも生きていかないといけないから、就職をして、そのなかで音楽活動もして、そこでのめり込める場所があれば、放っておいても人はのめり込んでいくからね。そうなったときに“自分はどうするか”っていうところに持っていけばいいんじゃないかなって、僕は思います。

萩原わかりました。本当にいいお話を、ありがとうございました。

インタビュアー:吉羽 さおり Photo by 石崎祥子

 

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