BRADIO インタビュー - 激的アルバイトーーク!│求人情報ならアルバイト・パートのバイトル

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BRADIOインタビュー - 激的アルバイトーーク!

ファンキーでパンチの効いたBRADIOの音世界は、彼らのプロフェッショナルな意識に下支えされていると言っていいだろう。そして、そこには意外にもBRADIOの面々が経験してきたアルバイト経験から得た教訓が生かされているというではないか。ここではそんな彼らが実際に励んできたアルバイトにまつわるエピソードを、日本最大級のアルバイト求人サイト“バイトル”とSkream!による“激的アルバイトーーク!”企画のドリームバイトとして選ばれた菅 加奈子さんにもご協力をいただきながら、じっくりと探っていきたい。音楽とアルバイトの相関関係とはいかに? また、最後にはなぜか全員での物販企画会議にまで発展した今回のインタビューは必見必読! ここでしか読めないレアな内容をお楽しみあれ!

BRADIO

Profile

メンバー:真行寺 貴秋(Vo) 大山 聡一(Gt) 酒井 亮輔(Ba)

“プロフェッショナルってこういうことなんだな”と感じることが多かった(真行寺)

BRADIO

-BRADIOのみなさんが、初めて経験されたのはそれぞれどのようなバイトだったのでしょうか? 今回はまず、そこから教えてください。

真行寺僕は新聞配達です。高校1年生のとき、夜中の2時に起きて自転車で団地を回って階段を上り下りしながら配る、というのをやってました。

-新聞を大量に積んだ重い自転車を駆りながら、階段の上り下りまでするというのは体力的に相当ハードそうですね。

真行寺まぁ、つらいのはつらかったですけどね。でも、その新聞配達以降もバイトというと僕はわりとガテン系の仕事をすることが多かったんですよ。

-そもそも、真行寺さんはなぜアルバイトを始めるときに新聞配達のお仕事を選ばれたのでしょうか?

真行寺友達が先にやっていたからです。友達の紹介だと、履歴書とかも書かなくていいっていうことだったので、すぐ仕事をできるのはいいなと思ったんですよ。僕、いろいろと面倒くさいのは嫌なんです!

大山&酒井(笑)

-ただ、夜中の2時に起きてそこそこの重労働をして、そのあとさらに学校にも行かなくてはならないわけですよね。両立は難しくありませんでしたか?

真行寺そこは毎日バイトをしていたわけではないんで、大丈夫でした。週3くらいだったかな? でも、とりあえず新聞配りをした日は学校で授業中にいつも寝てましたね(笑)。

-では、大山さんが初めて体験されたのはどんなバイトでしたか?

大山地元でイベントをやっている人の手伝いをちょくちょくやって、そのたびに小遣いを貰うみたいなのが自分にとっては最初のバイトでした。僕の地元は、ニット製品の生産が盛んなところだったんですよ。それの展示会で椅子を並べるとか、そんなことを不定期でやっていました。そのあと、ちゃんと自分で求人に応募して働いたバイトとなると地元の回転寿司屋さんですね。高校生のときにやってました。

BRADIO

-そのお仕事を選ばれた理由はなんでしたか?

大山僕は酒井と地元が一緒なんですけど、住んでいたところが結構田舎だったんですよね。だから、バイトを探してもそもそもの求人数自体がそんなに多くはなかったんです。その中でいうと、回転寿司屋さんっていうのは“もしかしたら、余ったお寿司を食べられるんじゃないか?”という魅力があったので(笑)、仕事の内容がどうこうという以前にそこに惹かれて始めました。

-実際に、お寿司を食べることはできたのですか?

大山食べられました(笑)。営業が終わった段階で余っていて、結果的に破棄しなきゃいけないものとかでしたけどね。そういうときは嬉しかったです。

-良かったですね(笑)。仕事の内容としては、どんなことをされていたのでしょうか?

大山普通のお寿司を握るのは専属の方だったので、僕は軍艦を作ったりだとか、寿司飯を炊いたり、片づけをしたり、いろいろやりながらホールでの接客もしてました。

疲れてきたなと感じるときには、“こういうときこそ、気を引き締めて頑張らないと!”っていう気持ちになる(酒井)

BRADIO

-なるほど。次に、酒井さんの初アルバイト経験はどのようなものだったのでしょう?

酒井初めてやったのは、中学生のときにおじいちゃんの友達が持っていた山で獲れた栗を“天津甘栗”として売っていたんですよ。僕はそれをひたすら焼く手伝いをして、お小遣いを貰ったりしていましたね。まぁ、そういう田舎ならではの小遣い稼ぎみたいなことは他にもいろいろやりました。そのあとに、いわゆるアルバイトとして初めてちゃんとやったのは、高校に入ってからの割烹料理店での仕事でした。

-割烹とはまた、いきなり敷居が高そうな感じですね。そこでは何をされてたんですか?

酒井全部が個室のお店だったので、最初は各部屋にコンコン! ってやりながらの接客から始めました。

-完全個室の割烹ということは……きっとドラマでたまに観るような、“カコン……!”となるししおどしがお庭にあったりしたのでしょうね。

酒井ありました、ありました(笑)。それに、お店の中に入ってすぐのところには橋と鯉の泳いでいる池もありましたよ。その先にはカウンターがあって、1階だけじゃなく2階にも個室があるようなお店でしたね。

-完全に高級店ではないですか。

酒井おそらく田舎にしては結構高い方のお店だったと思います。コースで頼んだら、ひとり1万円はする感じだったはずですね。常連さんもいましたけど、地元では冠婚葬祭の会食なんかで使われていることが多かったみたいです。

-その割烹では、接客以外のお仕事もされたのですか?

酒井最初は接客メインで、1年とか2年が経って慣れてきてからは簡単な調理もするようになりました。自分で作ったものを、自分で部屋まで持っていったりもしてましたね。開店前にやる仕込みの手伝いも、いろいろやってました。

-厨房に立っていたということは、文字どおりの割烹着というか、いかにも料理人という雰囲気の制服で仕事をされていたことになりそうですね。

酒井甚兵衛? 作務衣? みたいなのを着て、頭にも帽子ではなかったんですけど、布を巻いて仕事をしてました。

-割烹でのお仕事をしていて、楽しかったのはどんなことでしょう?

酒井自分以外はみんな年上の先輩ばっかりで、その人たちからすごく可愛がってもらえたのが嬉しかったですね。経営者のマスターも面白い方でしたし、それこそ余ったお寿司なんかを食べさせてもらえるようなこともありました。

-ぶっちゃけ、回転寿司のお寿司よりも割烹のお寿司の方がクオリティが断然高そうですものね。

大山あー、そっかー。いいなぁ!

酒井実際、おいしかったですよ。海鮮太巻きっていう、1本3,000円くらすいるお寿司の切った端っこの方をちょこちょこツマミ食いさせてもらってました(笑)。あとは、定期的にそのマスターが働いている僕らのために、ごはん会みたいなのを開いてくれたりもしていましたね。仕事としては、50人分のお膳をセッティングから下げるのまでやる必要があったりしましたし、片づけるのにも和食って食器の数が多いのでわりと大変なこともあったんですけど、でも周りの方たちがいい方ばっかりだったのでとても働きやすかったです。

-それはいいアルバイトと出会えましたね。ちなみに、みなさんがそのあとにもいくつかのアルバイトを経ていったなかで、“あのとき、あの仕事と出会えたことは自分にとっての人間的な収穫になったな”と感じた場面はありましたでしょうか?

真行寺そういう意味では、一番長くやっていたラーメン屋さんでのバイトですかね。9年とか10年くらいやっていたんですよ。周りにガムシャラな人が多かったので、仕事に対してのまっすぐな姿勢とか、作る料理に対しての情熱とかが“プロフェッショナルってこういうことなんだな”と感じることが多かったです。料理と音楽という違いはあるにせよ、ものづくりをしていくうえでの熱い想いみたいなものを学べましたね。

BRADIO

大山学校を卒業して東京に出て来てからは、僕も10年以上ずっと同じコールセンターで働いていたんですよ。最終的には管理職的なポジションというか、マネジメント業務を主にしていましたし、その仕事をすること自体が結構好きでしたね。それに、コールセンターってシフトも融通が効くのでバンド活動もやりやすかったですし、立場的にそこまでいくと時給も2,000円くらいまでいくんですよね。だから、当時バンドの方はまだ全然売れてなかったですけど、お金には困ってなかったです。しかも、そこでの経験が実は今の活動にもちょっと生きていたりいますしね。年齢も立場もそれぞれに違う人たちがチームとなって、しっかりと成果を出していくにはどうしたらいいか? という考え方を身につけられたという意味で。結局、バンドもひとつのチームと言えばチームですから、何かしらの形ではコールセンターでの仕事経験が今に役立っていると思います。

酒井自分の場合は、東京に出て来てから2年間学校に行って、そのあといったんは地元の新潟に帰ったんですよ。そこで、バイトではなく就職をして日産自動車の板金塗装をやっていたんです。要は事故車の修復をやっていたんですけど、だんだんと仕事に慣れてきたときに気の緩みが出てしまったことがありまして……。新潟は冬になると雪が多くなって事故車の数が増えるので、めちゃくちゃ忙しかったときについミスをしてしまったことがあったんです。そのときはいつも優しくしてもらっている先輩から、“こういうことじゃダメだよ”ときつく言われてしまって、“あぁ、自分はとても恥ずかしいことをしてしまったな”とすごく反省しましたね。そのことは今でもたまに思い出すことがあって、それこそものを作ってお客さんに届けるという点では、音楽ともある意味では通ずるところがありますし、そこにミスや手抜きがあってはならないということを教えてもらいました。だから、今でもレコーディングで切羽詰まったり、疲れてきたなと感じたりするときには、“いやいや。こういうときこそ、気を引き締めて頑張らないと!”っていう気持ちになるんです。

-とてもいいお話を、みなさんありがとうございます。なお、ここからは本日ドリームバイトとしてインタビューをしてくださる菅 加奈子さんに、バトンタッチしてインタビューを続行したいと思います。それでは、よろしくお願いします。

初めまして、よろしくお願いします! まず、私は中学高校と6年間ずっと吹奏楽部にいたんですけれども、コンクールや演奏会の前などステージに上がることになるときにはとても緊張したのですが、みなさんはライヴ前に緊張することはありますか? そして、緊張を防ぐために何かしているルーティーンはありますか?

BRADIO

真行寺わりと緊張しがちなので、そういうルーティーンが作っては崩れ、作っては崩れを繰り返してきているところがありますね。だけど、現状では特に何もしていない感じかなぁ。10年バンドをやっていても、どんなに練習してもあがり症は治らないし、それに対する打つ手もない、というのが現実です(笑)。

-とはいえ、いざライヴが始まれば一気にハジけられるのではありませんか?

真行寺そうですねぇ。始まってしまえば、いいんですけど。それまでは、ほんとに全然ダメです。

大山なんか、いつも衣装の着替え方が変わってるよね?

酒井ライヴの本番まで時間があるときでも、彼はめちゃくちゃ着替えが早いんですよ。もう2時間くらい前にはスーツを着込み始めちゃうから、俺たちからすると“まだ早くない?”って感じるんですけど、なんか彼の中では何かがあるみたいです。

 

真行寺せっかちなんでしょうね。そして、ライヴ前の緊張する時間を少しでも縮めたいから、早く始めたくなって早く着替えちゃうんだと思います。

大山早くスーツ着たからって、開演時間は変わんないのに(笑)。

真行寺いや。僕の中では、早くから着替え出すことで時間の進み方が早くなるような気がするんですよ。

大山俺も緊張はするんですけど、そこで“よっしゃー! 気合で頑張るぞ!”ってなると、逆に空回りしがちなところがありますね(笑)。だから、なるべく少し肩の力を抜いたくらいの状態で臨むようにしてます。吹奏楽をやられていたということは、きっとリラックスして演奏した方がいいということはわかっていらっしゃると思うんですけど、まさに大事なのはそこですね。

ほんと、ガチガチになってしまうと急に音が出せなくなってしまうんですよ。

酒井俺は、本番前に関して言うとあんまり緊張しないんですよね。むしろ、前の日寝るときに“明日のライヴではああしよう、こうしよう”って考えているうちに緊張してきちゃうタイプです(笑)。それで寝不足になっちゃうことがたまにありますけど、本番前はいつも好きな音楽を聴いてテンションを上げつつ、身体を少し動かして心身ともにほぐすようにしてますね。

なんだかアスリートの方みたいですね。ちなみに、そのときに聴く音楽はBRADIOの曲なんですか?

酒井それは絶対、聴かないです(笑)。普段は僕、自分たちの曲がすごい好きなのでしょっちゅう聴くんですよ。でも、本番前は最近だとBruno Marsをよく聴いてますね。

BRADIO

では、次の質問です。先日、BRADIOはアメリカのテキサスで演奏(2018年6月10日に開催されたアニメ・コンベンション“A-KON 29”)をされていましたよね。私も、その様子はYouTubeで観させていただいたんですが、向こうで演奏してみて感じたのはどんなことだったのか教えていただきたいです。

真行寺思っていた以上のリアクションが返ってきて、面白かったです。海外でやること自体が初めての経験だったんですけど、すごく楽しかったですね。英語ができないので、MCはカンペを足もとに置いてやりました(笑)。それでも、ひと言ずつ何か言うたびにめちゃくちゃ盛り上がってくれてちょっと不思議な感じでしたね。ありがたいことに、みんなからの待ってました感みたいなものを強く感じました。

大山ライヴ自体はどこでやっても同じように全力を尽くすだけなんですけど、初めての土地でのライヴだったせいか、感覚的には初めてバンドを組んだころの新鮮な雰囲気も少し思い出しました。楽しみにして待ってくれていた人がたくさんいたみたいだし、向こうならではのダイナミックなノリで盛り上がってくれていたところも、“えっ? そこで頭を回したりするんだ!?”みたいな発見があって予想以上の刺激を受けました(笑)。

酒井そういう文化の違いは、僕も感じましたね。どこがいいとか悪いとかの話ではなくて、音楽の捉え方がちょっと違うというか。日本人はまず手拍子から始まることが多いと思うんですけど、向こうの人は腰がもうグワングワン回ってました。下半身がすごかったです(笑)。音楽があったら自然と踊っちゃう、みたいな感じなんでしょうね。エネルギッシュにBRADIOの音楽を楽しんでくれていることがよく伝わってきて、やっていてとても嬉しかったです。

YouTubeのコメント欄をみていると、英語圏以外にもBRADIOのファンの方がいらっしゃるようなんですが、アメリカ以外で他にも行ってみたいところはありますか?

真行寺どこでも! いろんなところでやってみたいです。

酒井そうだね。どこの国に行きたいというよりは、機会があればどこでもいろいろなところでやってみたいな、というふうに僕も思います。あとは、海外の人独特の何に対しても熱量が高い雰囲気や、ライヴをテンション高く楽しんでいる姿に触れてみて、日本でいつもBRADIOのライヴに来てくれる人たちは思いっきり楽しんでくれているんだなということを再確認できました。海外に出てみて改めて日本のファンのすごさを感じましたね。

私も、BRADIOのライヴでは毎回思いっきり楽しんでます! 私自身、普段はまったくファンキーさとかはないのに、めちゃくちゃ盛り上がってしまって楽しいです。

大山そこは僕らもそうですよ。ライヴの場って特別だもんね。別に日本中にパリピを増やそうとかではなくて、みんなにとって“BRADIOのライヴだったら普段は出せないパッションを出せるよね”って感じられるような空間を、これからも一緒に作っていけたらいいなと僕らは思ってます。

BRADIO

ありがとうございます。それから、私は普段いろいろなアーティストさんのライヴ会場で物販販売のアルバイトをしていて、いろいろなグッズを見ているのですが、今後BRADIOとして出してみたいのはどんな商品ですか?

真行寺逆にどんなものが欲しいですか? あるいは、どういうものがよく売れているんでしょうか?

欲しいのは、前にも出ていたことがあると思うんですけど手鏡とかいいなと思います。アフロ型とかでコンパクトなものだとさらに嬉しいです(笑)。

一同あー!

真行寺今のご要望は、マネージャーがメモしてると思います(笑)。

ファンとしては、普段から身につけられるものが他にもあると嬉しいです。ライヴ会場だけじゃなく、日常生活で使えるものが欲しいですね。売っている方の立場からすると、よく売れているのもキャップとかベルトとか、そういうものが多いです。

大山なるほど、参考になるなぁ。ありがとう!

酒井それこそ僕らの地元のニットを使ったものを出したいねっていう案も出ていたりするんですけどね。日常的に使えるものか。ニットって糸と編み方を変えれば意外といろんなものを作れるので、ちょっと考えます!

嬉しいです。今度のライヴも行きますし、もちろんこれからのライヴにも絶対行くので、演奏も物販も今まで以上に楽しみにしてます! 本当にありがとうございました!

インタビュアー:杉江 由紀 Photo by 大木 優美

 

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