植田真梨恵 インタビュー - 激的アルバイトーーク!│求人情報ならアルバイト・パートのバイトル

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植田真梨恵 インタビュー - 激的アルバイトーーク!

日本最大級のアルバイト求人情報サイト“バイトル”とSkream!による“激的アルバイトーーク!”の今回のゲストは、今年メジャー・デビュー5周年を迎え、2月20日にミニ・アルバム『F.A.R.』を、4月17日にはミニ・アルバム『W.A.H.』という2作のコンセプト・ミニ・アルバムをリリースする植田真梨恵。歌うことが大好きだった女の子が、15歳のとき、福岡県から単身で大阪に出て音楽活動をスタートし、その時々の感情や景色をリアルにファンタジックにと瞬間パッケージしながら、自分の音楽を築いてきた。そんな彼女は、夢を掴むまでどんなアルバイト経験をしてきたのか、話を訊いた。また今回は、普段できないような非日常的な体験ができる企画“ドリームバイト”で選ばれた大学生、大久保ほのかさんもSkream!編集部員として参加。ライヴのことや制作について質問をぶつけてくれた。

植田真梨恵

-植田さんは15歳のとき、音楽活動をするために地元の福岡県久留米市を離れて単身で大阪での暮らしをスタートしましたが、アルバイトはそのころからしていた感じですか。

植田そうですね。でも大阪に出てきたばかりのときは、父からバイトをしてはいけないと言われていたんです。とは言っても仕送りでは足りないし、その当時は時間もとてもあったので、こっそりバイトを始めました。最初はロイヤルホストのホール・スタッフだったんですけど、そこが西日本で何番目かに忙しいロイヤルホストで(笑)。

-最初からすごく大変なお店に入ってしまったんですね。

植田はい。あまりの忙しさに3ヶ月くらいで辞めました。そのあとは、宅配ピザのピザハットのチラシを見て、ピザが好きなのでピザ屋でバイトを始めたんです。そこではピザメイクとか電話応対もしていたんですけど、私チーズが好きなので“植田がトッピングするとチーズの量が多い”ってよく怒られましたね(笑)。そこでは2年くらい働いたんですけど、音楽好きが多くて面白い職場でした。年上の方が多かったんですけど、いろんな音楽の話をしたりCDを交換したりとかも面白かったし、バイト先の人たちとスタジオに入ったりもしましたね。楽しかったんですけど、徐々に自分の音楽の活動もちょこちょこと盛り上がってきたころで、時間の調整が下手になってきてしまって。個人経営のお店の方が、時間の融通が利いてありがたいかなと思って、ご夫婦で営まれている小さなケーキ屋さんでラッピングや品出しなどのバイトを始めたんです。

-ケーキを作るお手伝いはしなかったんですか。

植田そこは販売がメインでしたね。ひたすらラッピングをしたり、あとはレジをしたり。クリスマスは必ず──それはピザ屋もでしたけど、バイトをしていましたね。

植田真梨恵

-ピザ屋さんもクリスマス時期は注文が多くて大変だって言いますね。

植田大変でしたね。私のいたお店は都会の方にあったので、会社から一気にピザ30枚のオーダーが入ったりもしましたし。ケーキ屋さんは、クリスマスは店全体が冷蔵庫みたいになるくらい、とにかく忙しかったですね。

-そういう特別に忙しいときは手当もあるんですか。

植田退勤後にホールケーキを丸かじりしました(笑)。夢の丸かじりですよ! 6号のケーキを“ひとりで食べてもいいよ”って言われたので食べたんですけど、さすがに4分の1くらいで断念しましたね。

-(笑)バイトは飲食店が中心だったのですか。

植田最初に入ったのが飲食店だったので、高校生の間は飲食店が多かったですね。最後はカフェで働いていたんですけど、和カフェで、和三盆のロールケーキとか抹茶のプリンとか身体に良さそうなメニューが多いカフェで。そこではコーヒーの入れ方とか、ラテアートを学ぶこともできて面白かったですね。それが最後のバイトで、20歳くらいでした。

-まさに10代のころはバイトが中心という感じですね。週にどのくらい入っていたんですか。

植田ロイヤルホストでバイトをしていたときは、通信制の高校に行っていたので、かなり時間があったんです。お昼の時間帯のパートの方がたくさんいるなかで、アルバイトでやらせてもらっていたんですけど、週に5、6日入っていたと思います。たまにスケジュールをミスして音楽の方の仕事とバイトをバッティングさせてしまって、ご迷惑をかけてしまったこともありましたね。

どんな経験も無駄にはならない。いろんな人と出会って、ぶつかって、そういうことがその人自身になっていくと思うから

植田真梨恵

-たしかに、ライヴが急に決まったりすることも多いのでシフトを組むのは大変になりそうですね。音楽を頑張るのはもちろんですが、バイトをすることで何か気持ち的にバランスをとっていた感覚などありますか。

植田それはありました。バイトをすることで、なるべく普通に過ごすというか、いろんな人とちゃんと関わること、世の中で人と触れ合っていくこと自体が私にはとても大切だったので、それはすごくありがたかったんですけど、時間の使い方の面では、アルバイトをしている間は音楽に全然触れられないとか、気持ちの面で追われることもありましたね。でも結果的にはバイトをしていて良かったなと思うことが多かったです。

-一番はどんなところですか。

植田やっぱり感覚の部分ですね。いろんな人と会ったり、お客さんと触れ合ったりするなかで、みなさんの日常と私の日常が混じり合っていくというか。リアルに生きている人間としての感覚がちゃんとあるのは大事だなと思うんです。やっぱり音楽漬けになって曲を書いていると、若干浮世離れしてくるんですよね。なので、いろんな人と同じような悩みを持ったり、日常を過ごしたりするきっかけを、バイトを通じて貰えていたと思います。

-接客業はどうだったんですか? 自分ではなかなかうまくできてるじゃないかっていう感触でしたか。

植田“いらっしゃいませ”って難しいですよねぇ。初めて人に“いらっしゃいませ”って言うとき、“私、誰やねん!”って自分に対してツッコミ入りません?

-そうなんですね(笑)。

植田バイトに入ってすぐのころは言い慣れていなさすぎて照れたりすることもあって、“いらっしゃいませ”ってなんやねんってなってました(笑)。そのあとは楽しくやってましたけどね。ニコニコとずっと笑っているのが苦手なので、あまり愛想はなかったかもしれないですけど、接客自体は楽しかったです。でも一番楽しかったのは、やっぱりケーキ屋でラッピングをしたりする仕事でしたね。手作業で、かわいいケーキがいっぱい出てきて。ケーキってフランス語の名前がそのまま付いていることも多いので、普段はあまり馴染みがないようなアナナスとか、フランボワーズとか、フロマージュとか、そういう言葉が面白いのも好きでした。

-バイトの経験で、これは大変だったなということはありましたか。

植田大変なことばっかりですよね。忙しい時間帯は焦ったりミスしたりもしますし、人間関係も忙しさで余裕がないとピリピリしたりすると思うので。でもいい意味で“バイト”なので、いろんな経験をして、こういう私もいるんだっていうくらいの感じで、キューティーハニー気分でやっていたところはありました(笑)。

-ちょっとした変身気分ですね。ただ10代でひとり暮らしとなると、なかなか自分の環境を作っていくのは大変ですよね。

植田“私、ちゃんと生活できてるのかな”って思ってました。“これでいいのかな”ってずっと思っていましたね。何せ生活サイクルを作るのがとても苦手で、未だに上手にサイクルを作れないタイプなんです。“とにかく今必要なことを順番にやっつけていく”っていうふうに生きている気がします。

-10代のころは、どんな1日を過ごしていましたか。

植田サイクル的ではなかったですね。例えば、午前中にバイトがあるときは午前中に働いて、そのあと事務所に行って曲を書いたりして。でもやっぱりできないとかになることもあるので、散歩しに行ってみるとか(笑)。家に帰っても、ひと晩中曲を書いて、またバイトの時間だからバイトに行ってとか。ずーっとそういう感じでした。

植田真梨恵

-今はより音楽が占める割合が増えたという感じですかね。いろんなバイトをした中でも、音楽に関わるようなバイトをするというのはなかったんですか。

植田したかったんですけど、機会がなかったんです。バイトで音楽をしたいとは本気で思わなかったんでしょうね。私にとってはバイトの時間って、どちらかと言うとつらいなというものだったので。ピザが好きだからピザ屋さんで働くとか、ケーキが好きだからケーキ屋さんで働くとか、そういう感じでした。これなら嫌にならないかもしれないって思って。

-映画好きだから、例えばレンタルビデオ屋さんとかもなかったんですね。

植田レンタルビデオは面接に受からなかったんです(笑)。面接が厳しかったんですよ。

-仕事をしているといろんなアイディアがひらめいたり、これ歌になりそうだなっていうものを思いついたりすることもあると思うんですけど、バイト中に思いついたときってどうしてましたか。

植田ボイスメモに録ってました。それこそケーキ屋さんで、小さいものをラッピングしているときって淡々とした手作業になるので、クッキーとかを袋詰めしながら歌詞を思いついたら、一生懸命覚えておいて、あとでボイスメモに録ったりしてましたね。あのころは、そういうふうに曲になっていたと思います。10代のころの、2ndミニ・アルバム『U.M.E.』(2009年リリース)とか3rdミニ・アルバム『葬るリキッドルーム』(2010年リリース)、アルバム『センチメンタルなリズム』(2012年リリース)とかもそうじゃないですかね。秩序のない、サイクルのない日常のなかで、映画を観たり本を読んだり、なるべくそういうものに触れながら生きている日々の合間で、バイト中の作業で頭が無になる瞬間があって。そのときに日常で得てきたものがポンと出てくるんだと思いますね。

-では、植田さんの10代のときのように、今、夢を持ってそのためにバイトをしている人へのメッセージをお願いします。

植田どんな経験も無駄にはならないと思うので、いろんな人とたくさん出会って、ぶつかって(笑)。そういう経験がその人自身になっていくと思うから、頑張っていいバイトを見つけてほしいですね。

-植田さんもぶつかりました?

植田ぶつかりましたよ。それもタイミングと組み合わせだと思うので、仕方ないところもありますよね。そういうことを友達とグチグチ言うような時間も楽しかったりしますし。そんな経験がなかったら幸せなこともあまり感じられないと思うんです。

植田真梨恵

-いろんなお話をありがとうございます。それでは、ここからはドリームバイトの大久保さんにバトンタッチします。

大久保大久保です。今日はよろしくお願いします。私は、初めて植田真梨恵さんの「心と体」(2013年リリースのシングル『心/S/サ』収録曲)のMVをYouTubeで観てから、ずっと大好きで。もともとライヴに行くことに興味がなくて、家でゆっくりとCDで聴く方が好きだったんですけど、たまたま近くで3rdシングル『わかんないのはいやだ』(2015年)のリリース・イベントがあったときに、無料だし近いから行ってみようって軽い気持ちで行ったライヴで衝撃を受けて──

植田おぉ!

大久保それからずっとライヴにも通っているんです。今回のツアー“Live of Lazward Piano -凍てついた星座-”もすごく楽しみなんです、最前列が取れたので。(※取材は3月中旬)

植田すごい。嬉しいです、ありがとうございます。

大久保では、早速質問をしていきたいと思います。

植田はい、よろしくお願いします。

大久保今まで植田さんが音楽をやってきた中で、何かトラウマになっていることとか、スランプに陥った経験というのはありますか。

植田トラウマやスランプか……ありますね。トラウマとまではいかないかもしれないですけど、インディーズ時代、私も17とか18で子供だったからだと思うんですけど、ライヴを観てくださった方が“あれはやめた方がいいよ”とか“これはこうした方がいいよ”って親心のように言ってくださることがあって。ご厚意で言ってくれているものなので、ありがとうございますと思っていても、大げさですけど、ステージでライヴをするのが怖くなってしまうというか。ひとつひとつの行動に制限が生まれるような気がして、何をするにも迷いが生まれて、それがライヴ中の足かせになってしまったということは過去にありましたね。

大久保そうなんですね。

植田トラウマとまではいかないですけどね。でもそういうことはあると思うんですよね、応援するあまりに熱が入ってしまうっていう。私も当時10代の女の子だったので、受け止めすぎてしまうという側面もあったと思うんです。でも、今も同じように悩んでいる子がいるかもしれないですね。もうひとつのスランプは、ずっとスランプみたいなものでして(笑)。

大久保え、意外です。

植田“絶対にこれをやるんだ”っていう、意志が強い人に見られがちなんですけど、意外と、自分は本当に何がしたい? とか、これは誰かが嫌がるからやめようとか、ストッパーが多いタイプなんです。“これは絶対にやり遂げる”みたいなことって、歌い続けること以外にはないんですよね。だから、自分が何をしたいのかわからなくなることは、よくありました。それが、大人になっていくにつれてちょっとずつ、これはやっておきたかったことだなとか、誰かに言われて曲げちゃった部分もあったけど、これだけは譲れなかったのかもしれないなとか思えるようになって。逆にそんなことは置いておいて、今はこれに一番心が動くし、心が踊るからこれをやりたいとか、そういうふうに少しずつやりたいことが明確に見えるようになってきているので、昔ほどの不器用さからは、抜けてきているかもしれないですね。今できることを、できるうちにやりたいなって思っているんです。難しいことですけどね。

今できることを、できるうちにやりたい

植田真梨恵

大久保ありがとうございます。私は小さいころからピアノを習っていて、ステージで演奏をしたり、今は大学でもピアノの勉強をしていたりするので、人前で演奏する機会が多いんですけど、一度大きなコンクールのときに演奏が止まってしまったことがあって、それが私のトラウマなんです。それから人前で演奏することが怖くなっちゃって、舞台袖にいるときに今すぐ帰りたいっていう気持ちになってしまうことがあります。そういう緊張やプレッシャーに打ち勝つための方法などはありますか?

植田私も緊張しいなんですよ。秋元 康先生が、“緊張するのは自分を必要以上に大きく見せたいから緊張するんだ”っておっしゃってましたけど、“間違えないようにしないと!”と思うとやっぱり緊張しちゃいますよね。私も新曲をやるときは間違えたら嫌だなと思って緊張してしまうんですけど、私の場合は、間違っても、取り返せる部分もあるので(笑)。

大久保(笑)

植田間違っちゃダメなんですけどね(笑)。でもそれよりも、その瞬間を楽しんで音楽をやるとか、この場にいるこの人たちとしか作れない瞬間にする! とか、そのくらいの気持ちで楽しんでやれるようにといつも思ってます。緊張はね、してもいいんじゃないですかね。

大久保そうですかね(笑)。

植田あと大事なのは呼吸なんですよ。

大久保呼吸ですか。

植田緊張しているときって、呼吸が浅くなるんです。呼吸が浅いと、体調とかもそうですけど、いつものパフォーマンスができなくなっちゃうので、足を動かして、呼吸をお腹までゆっくりと時間をかけて吸って吐くというのをしたら、かなり平常心に戻っていきますよ。

大久保やってみます!

植田舞台に立つときに思い出してみてください。緊張しちゃっているときって、息が吐けていないんですよ。ふーってゆっくり長く息を吐くようにしていくと、大丈夫だと思います。今もピアノを学んでいるということなんですが、大久保さんの将来の夢を聞いてもいいですか。

大久保将来は音楽関係の仕事をしたいっていうのは希望のひとつなんですけど。演奏家や先生は目指していなくて、でも趣味でピアノは続けたいと思ってます。少しでも音楽に関わっていければ、それでいいかなと。今は、これっていうやりたいことがなくて、だからいろいろやってみようかなっていうところなんです。

植田そうですね。何が一番自分に合っているのかわからないし、その時々で変わっていくかもしれないので、やりたいことは全部やってみてもいいかもしれないです。

大久保はい。次の質問は、植田さんのメイクや髪型、洋服のこだわりをお聞きしたいです。最新作『W.A.H.』のジャケットも今日も、目頭のところにピンクのアイシャドウが入っていて、桜の花びらみたいで素敵だなって思って見ていたんですけど、メイクは自分でこだわって、考えてやっているんですか。

植田そうですね。『W.A.H.』は淡い色合いのイメージがあって、写真も全体にブルーがかった静かなイメージと思っていたんです。そんなブルーの中に、きれいなコントラストで桜の花びらのピンクがあるといいなと思ってああいうジャケットなんですけど、この写真のトーンで素顔っぽいと、元気なく見えるんですよね。病弱な雰囲気になっちゃうんです。なので、ちょっとポイントでメイクにもピンクを差し色で入れると、いい雰囲気になったんです。前回の『F.A.R.』の方ではまぶた全体にオレンジ系のアイシャドウを大きめに入れているんですけど、『W.A.H.』は目頭にだけピンクを入れているので、それぞれのメイクの違いを見てもらったり、自分自身それが楽しかったりしていますね。

大久保メイクのアイディアは何かを参考にしたり、練習をしたりもするんですか。

植田全然しないんです。昔から好きなものが変わっていなくて、10代のころからアイホールが暗めのがっつりとしたメイクよりも、肌がきれいな素顔っぽい感じに差し色がのったメイクが好きだったので。今は流行的にもそこと合っているんですけど、私の好きな感じが時代遅れになることもあると思いますし。大人になって、25歳を過ぎたくらいから、友達と百貨店に行ってメイクしてもらう時間も楽しいなって気づいたりもしたので、そのなかでこれはやっぱり似合わないなとか、これは好きだなとか、いろいろやってみるのが面白いですよね。 植田真梨恵

大久保衣装についても、2017年の“植田真梨恵 LIVE TOUR UTAUTAU vol.3”のときの刺繍のワンピースとぐるぐる巻きのベルトの姿が、ステージに出てきたときに衝撃的で、“かわいい!”って思ったんです。それも大好きだったんですけど、それとはまた違った昨年の“indies 10th ANNIVERSARY LIVE 「loadSTAR」”のときの衣装はどうやって決めたんですか。

植田毎回そのライヴのコンセプトに合った衣装で、今回でしか着れないかもしれないっていうものを逃さないようにしようと思っているんです。“UTAUTAU”ではバングラデシュのワンピースを着たんですけど、本当は別の衣装を準備していたんですよ。たまたまライヴ前日に立ち寄ったお店で見つけたバングラデシュのワンピースが、“明日着なくてどうする”っていうものだったので、もともと決めていた衣装をやめました(笑)。そういうふうに巡り合いを逃さないようにというのは多いですね。“loadSTAR”に関しては、ライヴハウスでシンプルにお届けするライヴだから、男勝りにギターを弾くであろうと思うと、絶対パンツ・スタイルで、黒いスキニーかなとなんとなく思っていて。あとは“loadSTAR”ということでイメージが金星というか、真っ白に金っていうイメージがあったので、白いTシャツを買ってきて、自分の家にあったもう着なくなったバンドTシャツを切って、ダーっとミシンで白いシャツに縫いつけてひだをつけたのが、“loadSTAR”の衣装だったんです。

大久保あの衣装は、自分で作ったものだったんですね!

植田いつもそんな感じなんです。2ndアルバム『ロンリーナイト マジックスペル』(2016年リリース)のときのライヴも、本当はもっとふわふわした感じのシャツワンピを探していたんですけど、イメージに合うものがなかったので、普通の丸襟のシャツに背中のところだけオーガンジーの布を縫いつけたんです。そしたら動いたときにフワーッと見えるから。本当それくらいのちょっとした工夫だったりするんですけど、作った方が早いんです(笑)。そういえば、“loadSTAR”の衣装を縫ったときに、ミシンが壊れました。10年以上かな、使い続けていたミシンが壊れたので、インディーズ・デビューから10年っていう節目のライヴでミシンも役目を終えました、って思いましたね(笑)。

大久保そんなこともあったんですね。では最後にもうひとつの質問です。普段どれくらい歌や楽器を練習しますか。

植田昔ほど練習はしなくなったので、練習せねばと思っていますね。スタジオに入っているときに本気で歌ったりギターを弾いたりすることが多くて、その時々の集中力でなんとか乗り切っている感じが強いから。それこそ大人なのでちゃんとサイクルを作って、朝2時間毎日練習をするとかにしたいですね(笑)。

大久保お家ではあまり弾かないですか。

植田ギターに触っていないと下手になるので、なんとなくでもギターを持って、テレビを観ているときとか、ぼんやりしているときとかもギターをさわるようにしてますね。あとは、子供のころに母親とカラオケに行く時間がめちゃくちゃ多くて、小学生のとき、週4とかで行ってたんです(笑)。なので、カラオケに行かないと歌が下手になる気がして。人の曲をちゃんと一生懸命歌うのが大事で、ストイックカラオケにはなるべく行くようにしてます(笑)。

大久保どんな歌を歌うんですか。

植田気分にもよるんですけど、“今日はカラオケで映える曲縛り”とかテーマを決めて、中島みゆきさんの「銀の龍の背に乗って」とか「時代」、中森明菜さんの「少女A」、他にも山口百恵さんとか。また、“今日はハイトーン縛りだ”って、globe、華原朋美さんとか“こんなんどうやって出すの!”っていうキーの曲を延々と入れたりして。男性の曲ばかり歌う日とかもありますね。

大久保カバー曲も聴きたいので、ぜひカバー・アルバムも出してほしいです(笑)。1月にあった“SATURDAY LIVE -新春 祝いのCOVER NIGHT-”は関西だったので行けなくて、とても残念だったんです。

植田その日は洋楽ばかりのカバーで、めっちゃ楽しかったんですよ。勉強にもなりますしね。インディーズのころよりカバーする機会が減ってしまったので、やりたいなと思います。なので気持ちとしてはたまにやる予定ですよ。

大久保ぜひまたやってほしいです! 今日はどうもありがとうございました。

インタビュアー:吉羽 さおり Photo by 上溝恭香

 

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